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獣 12

 アイツは僕を抱きしめていた。  僕がアイツをやなくて、アイツが僕をや。  僕らは歩道橋の下の植え込みの影に隠れていた。  植え込みの中に入り込めば、よくよく覗き込まないと 見えない。  アイツが自分の胸に僕の頭を押し当てるようにして抱きしめてる。  アイツの心臓の音がした。  めちゃくちゃバクバクいってた。  兄ちゃんが悔しそうに怒鳴る声が聞こえた。  師匠の楽しげな笑い声も。  「大丈夫や・・・遠くに逃げた思ってる。ここにおる方がええ」  アイツは囁いた。  僕の髪をアイツの指が撫でる。  「ケガないか?・・・アイツらに殴られたりしてへんか?」  アイツが心配そうに囁く。  「大丈夫や」  僕は戸惑いながら答える。  なんやの、これ。  僕が心配されてるん?  「お前になんかあったら・・・オレ・・・」  アイツが泣きそうな声を出した。  僕をアイツは強く抱きしめた。  「お前はオレが守る!!絶対!!」  アイツが低い声で僕に囁いたから・・・。  何これ。  僕、キュンとしてしまいましたよ。  何これ。  僕を守るてお前・・・。  お前がか。  でも確かにコイツは僕と自分を師匠や兄貴から逃がしたのだ。  飛んで行く本にあの場の全ての人間の視線が向いたその時に、アイツは低く自分の影に手をつき囁いた。  「かなさりさら、てぬこや」    アイツがそう言った瞬間、アイツと僕のたっていた歩道橋が抜けた。  そう、まるで僕とアイツが立っていた部分だけが抜け落ちたみたいに僕とアイツは歩道橋をすり抜け、その下の歩道にむかって落下していたのだ。   アスファルトに叩きつけられる、そう思った瞬間、アスファルトはやわらかに、そう、布団やマットのように僕達を受け入れた。  何で?  何で?  柔らかいの?    だが次の瞬間、アスファルトはいつも通りの硬さを取り戻していた。  何これ。  そして僕はアイツに手を引っ張られ、植え込みの中に入ったのだ。  そしてアイツに言われるがまま、身体を寄せ合い隠れている。  「オレのせいや・・・猫殺しの事件も手伝わせて・・・火傷までさせた」  アイツはもうすっかりなおった僕の左手の指先にキスをした。  アイツからのそういう接触はめずらしくて、僕は思わずピクリと身体を震わせてしまった。  アイツは僕の頭を自分の胸に押し付けた。  心臓の音と震えているアイツの身体。  「アイツらに襲われてるお前見て・・・」  アイツか震えながら言う。  いや、どっちか言うたら僕が師匠や兄ちゃん達に襲いかかってんけどな。    アイツがいたいほど髪を掴んで僕の頭を自分の胸に押し付ける。    震えている指先。  震える声。  大きく打つ鼓動。  押し付けられてるから見えないけど、アイツのメガネを外して、重い前髪をかきあげれば、涙をたたえた綺麗な瞳が見えるはすだ。  「お前が傷つくかと思って・・・死ぬかと思った」  掠れた声が耳から入り、この胸を焼く。    僕をそんなに心配したん?  死にそ。   死にそ。  嬉しくて。  「オレのせいや。あんなあきらかに裏稼業まるだしの乱暴で下品な連中にお前を絡ませてもうた・・・」  アイツは悔恨に苦しみ声をさらに掠れさせる。  いや、一応ギリギリ堅気、なはずやで。  「前科はない」 と師匠胸張ってたし。  てか、その乱暴で下品な連中僕のバリバリ身内やねんけど。  「あのな・・・」  僕は何か言わな、思って、言おうと胸から顔を上げたところにアイツにキスされて、さらに驚く。  何。  何。  追い詰めてへんし、めちゃくちゃ頭おかしくなるまで中突いたりこすったりしてへんのにアイツからキスやと。  いつも記憶無くす手前までせんとしてくれへんのに!!  驚いてされるがままにキスされてた。  アイツからのキスは・・・情熱的やった。    「守るから。オレとおったらお前・・・色々巻き込まれる。でもオレ、絶対お前守るから・・・守るから・・・」  アイツが悲痛な声で言った。  「出来たら・・・オレから離れんといて・・・」  また胸に顔を押し付けられた。  「オレが守るから・・・オレから離れんな・・・」  抱きしめられて囁かれ、僕の胸は高鳴った。  非力ながら強く抱きしめられる腕に執着を感じて、嬉しさに心が震えた。  コイツは・・・僕をまもるためなら、師匠や兄ちゃんみたいは化け物相手でも引かんのや。  ときめいてしまった。  「守るからオレから離れるな」やて。  ドキドキしてしまった。  「離れへんよ。離れへん・・・」  僕の声は甘かったとおもう。  でもただ離れないだけではなくて・・・アイツが離れたいと思ったとしても、もう二度と逃がしてなどやるつもりもないことは、別に言ってやる必要はないと思ったから、言わなかった。         

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