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Ⅰ 答えは『Yes』しか認めない①

「とても興味深い」 「ありがとうございます」 「A案よりも、B案の方が視聴者には分かりやすい。M項については再考が必要だ」 「承知いたしました。修正案を作成します」 「任せるよ。君の企画、面白いね」 「お褒め頂き、ありがとうございます。この企画は私が立案しました。そして今、弊社が一丸となって取り組んでいる物でもありますので、企画に込めた皆の気持ちを労って頂き、とても嬉しく思います」 「君は、いい子だね」 俺も今年で29だ。 年齢より若く見られるけれど、いい歳したアラサーに『いい子』はない。 (でも、この人に言われると悪い気しないな) 「前向きに検討させてもらうよ」 「あっ」 不意に掌に温もりが飛んできた。手の中に降ってきたのは、あたたかい缶コーヒーだ。 「すまないね。今から打ち合わせなんだ。本当はもっと君の話を聞きたいが……」 手に落ちた缶コーヒーがスルリと抜けて、取り上げられてしまった。 カチリ 「熱いの苦手だったよね」 プルトップの開いた缶コーヒーが手の中に戻ってきた。 「どうして、それを……」 「前の打ち合わせの時、コーヒー冷まして飲んでいたから」 この人は、そんな些細なところまでちゃんと気づいて、気を配ってくれる。 「すまない。迷惑だったかな」 「そんな事ないです」 受け取った缶コーヒーを慌てて飲もうとして…… 「おっと。君にはまだ早い」 コーヒーを持つ手を包まれる。 「開けたばかりだ。まだ熱いと思うよ」 「すみません」 「謝る必要はない。それよりも、君に余計なお世話だと思われていなくて良かったよ」 そっと手が離れた。 「私はもう行かなければならないが、ゆっくり飲んでいってくれ」 「はい」 「次は一週間後に」 次回の打ち合わせ日の確認をする。 「なにか困った事があれば、いつでもおいで。私で良ければ力になるよ」 「ありがとうございます」 仕事は順調だ。 企画制作会社に勤めている俺は、発案した企画をテレビ局に持ち込んだ。 提案書には自信を持っている。 (上々だ) 手応えがある。 手応えが…… ドンッ (手応え?) あれ? 手の中の缶コーヒーは? (そういえば、さっき『ドンッ』……って) なにかにぶつかった。 いや、俺は動いていないから、ぶつかられたんだ。 なにに? そして缶コーヒーは? 「そろそろ現実に戻ってきてほしいんだが……」

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