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Ⅶ αの瞳には騙されない⑨
「……かりっ……しっかりするんだ」
どこか遠くで声が聞こえる。
「しっかりするんだよ、明里君」
ふわふわする意識に声が届く。
「私が分かるかい?」
「……葛城……さん」
「そうだ。良かった」
「わわわっ」
ぎゅっと抱きしめられて、ドキンッと鼓動が跳ねた。
「……顔が真っ赤だ」
(だって)
言い訳は許さない。そう告げる唇が耳元に吐息を被せた。
「こんな事で倒れてもらっては困るよ」
息が熱い。
それとも、俺の耳が熱いせい?
高鳴る心臓の鼓動を隠せない。
「君は私の恋人なんだから、ちゃんと演じようね?」
吐息が耳のひだをなぞるように這う。
「どうした?お返事が聞こえないよ」
低音の熱が鼓膜から心臓を突き刺した。
「……は…い」
「うん、よろしい」
ピチャリと息が跳ねた。
もしかして髪にキスされた?
「さ、落ち着いたら席に座ろうか。ランチ、途中だったね」
なに食わぬ顔で促す葛城さんだけど。
(無理だ)
絶対に無理!
心臓がいくつあってももたないよ。
(葛城さんはいい人だ)
優しくて、頼り甲斐があって、困った事にも快く相談に乗ってくれる。
俺を気遣って、心配してくれている。
(葛城さんは、とってもいい人)
…………………………だけど。
もしかして俺は、とんでもない人の恋人を演じる羽目になったのかも知れない★
まさか、ね。
俺の考えすぎだよね。
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