88 / 217
Ⅷ 君には渡さない⑫
『受付を済ませてくる。すぐに戻るから、君はここにいてくれ』
そう残して、真川さんが去ってから暫くたつ。
『君は私の助手という事で話を通してみるよ』
少し強引なやり口ではあるにせよ、ほかにいい口実が思い付かない。
大事なところで、俺は真川さんに頼りっぱなしだ。
(『助手』なんて名目だけど、全然役に立ってないよ……俺)
先程から全く真川さんが帰る気配がないのは、どうやら捕まってしまったらしい。
真川さんくらいの名の通ったジャーナリストになると、挨拶も大変なのだろう。
名前は分からないけれど、議員の方や秘書らしい人達と挨拶して談笑している。
礼儀正しい政治ジャーナリスト・真川尋の顔で、穏やかに笑っている。
(テレビで見ている真川さんだ)
こっちの方が見慣れている筈なのに。
どこか遠く感じた。
俺は……
寂しいのだろうか。
不安なのだろうか。
チラチラ、こちらを見て真川さんが気遣ってくれているけれど。
俺は笑って「大丈夫」だと、唇の形で答えるだけだ。
作り笑いして……
ほんとは、場の空気に飲まれて緊張して、心細くて仕方ないのに。
でも。真川さんに駆け寄る事もできないでいる。
『助手』なのだから、上手く空気を読んであの輪の中に入って構わない筈なのだけど……
本当の『助手』じゃないから。
真川さんの足を引っ張ってしまうかも知れない。
そんな思いがよぎって、弱気に支配された思考では、足を引っ張ってしまう予感しか考えられなくなって、俺は離れて遠くから、あの人を眺める事しかできない。
(役に立ちたいなんて、思う事自体が贅沢なのかな)
俺はΩで、あの人はα
αがΩなんかを頼りにするわけないよ……
(あの人は完璧だ)
ほんとは、傍で話す事さえできない存在なんだから。
今の状況だけでも奇跡だ。
(αのあの人が、俺を心配して。俺を気遣ってくれるなんて)
あり得ない現実なんだから。
ΩはΩらしく……
あの人の仕事の邪魔しないように……
「わっ!」
思わず悲鳴に似た声が突いて出た。
誰かにぶつかった。
(俺がこんな所でぼーっと立ってるから)
あれだけ気を付けろと真川さんに言われたじゃないか。
俺は言われた事も守れない。
何もできなくて、そればかりか、どうして、あの人の足を引っ張ってしまうんだ。
床が眼前に迫る。
とっさの事で受け身がとれない。
(せめてっ)
声だけは上げないように倒れないと。
(あの人の……)
真川さんの邪魔にならないように。
(おおごとにならないように)
痛くても、絶対悲鳴を上げちゃいけない。
それくらいできるだろ。
俺は、あの人の……
ともだちにシェアしよう!