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Ⅷ 君には渡さない⑪
「勉強会という名目だが、主催者が諏訪(すわ)会長だ」
「元厚生労働大臣の……」
「知っているか。まぁ、当然だな。一線を退いたとはいえ絶大な影響力で影から国政を取り仕切る、いわば政界のドンだ」
よい意味でも。
悪い意味でも。
「彼がいるお蔭で与党の政権は安定している。しかし、彼が政界から引退しない限り、政治の刷新はない」
「真川さんは諏訪会長が嫌いですか」
口にしてから、ハッとする。質問がストレート過ぎただろうか。
真川さんの口調は、諏訪会長にいい印象を持っているとは思えなくて。
「すみません。言いにくいですよね」
「別に構わない。政治という無機質な場所に感情を持ち込むか」
フウッと吐いた息が笑みをはらんだ。
「変なこと聞いてしまいましたか」
「いや、面白い質問だと思うよ」
瞳の奥が意味深に微笑んだ。
「つまり、政治よりも俺個人に興味を持っている……という事だろう」
あっ……
口に出してしまった後では、もう遅い。何を言っても言い訳になってしまう。
「今の質問、なかった事に!」
「答えるよ」
真川さんは意地悪だ。
「ジャーナリストは政治を客観的に捉えるものだ。ゆえに好き嫌いで政治家を測るものではない。しかし、個人的な感情を持ち込むなら、俺は彼が嫌いだ」
歯に衣を着せない。
やはり政治ジャーナリスト・真川尋だ。
「だが、政治家には諏訪会長よりももっと嫌いな奴がいるから、こんな感情は大した事ないな」
政界とは、深い闇と欲望の沼がドロドロに広がる世界なんだ。
権力争い、派閥争いはたまにニュースになっている。
「別に恐がる場所じゃない。慣れれば面白いものだ」
そう言って口許に笑みをこぼす真川さんは、仕事の顔になっている。
上品だけど、内に秘めた火に触れれば、その火に噛みつかれる。
政界という戦場に生きる軍人のような目で笑っている。
「あそこにいるのが瀬木議員。隣が田上議員だ」
「あ、よく討論番組に出てる」
「あぁ。この前、俺の司会の番組でも一緒になった。あの二人は面白い」
真川さんが認める政治家がいるんだ。
「松浦議員だ。よく見ておけよ、いずれあの人は要職に就く」
真川さんの目がキラキラしている。
すごく難しい事教えてくれてるのに、まるで子供みたいに語る目が生き生きしてる。
(夏休みの自由研究の観察をしているみたい)
なんて言ったら失礼かな。
真川さんにも、議員の先生方にも。
(こんな真川さんが間近で見られるなんて)
近くで見る機会なんて滅多にない政界の先生方を見るべきなんだろうけど。
チラチラ
真川さんを隠れて見てしまう。
「わっ」
「おっと」
転びそうになった俺の腕を、真川さんがぎゅっと握って持ち上げた。
誰かに押された?
「気を付けろ。勉強会なんて肩書きだが、皆気が立っている。諏訪会長主催だ。上手く取り入って乗し上がろうとする奴らも多い」
俺は頷いた。
ここは、政界の戦場なんだ。
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