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Ⅷ 君には渡さない⑩
「ここは?」
真川さんに連れられて、辿り着いた場所は受付だ。ホテルのフロントとは違う。
「政治資金パーティーだ。ここで多額の政治献金が集められる」
もしかして……
「真川さん、取材ですか」
「あぁ、招待された。政治ジャーナリストなんて生き物は天敵にほかならないだろうに。珍しい事もあるものだ」
こんなフォーマルな場所に、パーカーなんてとんでもない。それで俺、着替えさせられたんだ。
政治ジャーナリスト・真川尋にとっては、まさに戦場。
もしかして、俺……
すごく勘違いしてた★
「顔が赤いが?」
お願いです。一生のお願いですから、気づかないでください!真川さん!
宵闇の瞳が俯いた顔を下から覗き込む。
「俺の顔になにか付いてますか」
なんでもないから。諦めて視線を外してください。じゃないと、俺の心臓が持たない。
「ここ、ホテルだからな」
バレてしまったー!!
「ちがっ。誤解しないでください」
顔から火を噴きそうだ。
「分かった。最上階のダブルを予約してくる」
「違うんですっ」
「違わないだろう。君は俺に付いて来てくれた」
「それは……」
なぜ、付いていったんだろう。
勘違いしていたとはいえ、断る機会も、反論する機会も、逃げる機会も、いくらでもあったのに。
俺は、もう……
この人から離れられなくなっている。
「あなたは」
偶然、出逢った人…………
………では、もうなくなってしまった。
腕をぎゅっと掴んでいた。
スーツが皺になるくらい。
「不安なら、今から籍を入れるか?役所の夜間窓口が開いている」
握った手を開けない。腕を離せない。
行かないでほしいのか。
そばにいてほしいのか、分からない。
「冗談だ。少しいじめすぎたな」
あたたかな手の温もりが、スーツを固く握る俺の手を包んだ。
固く握りしめた手が綻んでいく。
「ごめんなさい。スーツがクシャクシャに……」
スーツは真川さんの大事な商売道具だ。
「構わない」
どんな顔をして真川さんを見ればいいのか分からなくて……
声だけが頭上優しく降り注いだ。
俺の手は真川さんの腕をほどいたけれど、真川さんの手は俺の手を握ってくれている。
「パーティーに同行してくれるな?俺の戦場だ」
「はい」
俺は力強く頷いた。
ぷにん
「ひゃあっ」
真川さんの指。突然、頬っぺた突っつくから変な声が出た。
「なにするんですか」
「表情が固い」
あ……
(真川さん、俺をリラックスさせようとして)
「君はおかしな顔でヘラヘラしているのが、ちょうどいい」
「酷い!」
ぷにつん
怒るつもりが、笑ってしまった俺の負けだ。
でも……
ププっと噴き出した真川さんが見られたから……ま、いっか♪
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