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Ⅸ 君には渡さないpartⅡ ①
初めてのキスは甘酸っぱいって、風の噂でな聞いた。
そんな記憶を頼りにしていたけれど。
正直、よく分からない。
キスの味。
(真川さんの唇、ぷにって柔らかかった)
一瞬だった。
唇と唇が重なって、一瞬の時が流れて。
一瞬の時間が重なった。
同じ一瞬の時間を、俺達は過ごした。
「嫌だったか」
頭上から降ってきた声に、緩く首を振った。
「よく分かりません」
「そうか」
髪にかかった吐息混じりの声が、穏やかに微笑んだ気がした。
「安心した」
真川さんも不安だったの?
真川さんなのに。
厚顔不遜で、口が悪くて、勝手に強引に俺を巻き込んで了解なしに事を進めて。
(でも、俺を思いやってくれる)
いつも……
出逢ったばかりで、何も知らない。プライベートで知ってる事は何もなくて、何も分からないαのあなただけど。
(もしもこれから一緒に過ごす事ができたら)
たくさんの俺の知らないあなたの何かを、知る事ができるのだろうか。
あなたは、俺をもっと知ってくれるのだろうか。
知りたいって思ってくれるのだろうか。
俺は、何も知らないけれど。
一瞬の時間が連続してずっとずっと長く続いたら、あなたを知るきっかけが生まれるのかなぁ。
なんで?
あなたがキスしたのか分からない。
あなたが、キスしたかった気持ちを知りたい。
「また、キスするから」
穏やかな声が微笑んだ。
はい……って答えられないけど、俺、どうしてだろう。
ほっとしている。
また次があるんだ。
これで終わりじゃないって。
そう思ったら……
あなたには知られないように、小さく頷いていた。
あなたの事を知りたいって思った癖に、自分は隠し事してごめんなさい。
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