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Ⅸ君には渡さないpartⅡ ⑮

 ……!! (0が一つ多い)  突如として跳ね上がった金額は、最早、一般庶民の俺には手の届かない、天文学的数値だ。 (もう誰も、この金額を超える事は不可能だ)  俺、この人に買われてしまう。  一体どこの成金政治家だろう。 (けれど……)  凛と響き渡った声は、どこか懐かしくて……  ハァハァ、ハァハァ  止まらない発情期。喘ぐ息の中で、声のした方向に視線を這わせた。  ドキンッ  鼓動が揺れる。  人影の向こうで、声が開く。唇の形だけで、そっと……  俺の名前を呼んだ。 「優斗」……と。  どうして、あなたが?  警備員に阻まれ、この会場から退出したのではなかったのか。 「どうして?」  俺の声は、声になったのだろうか。  ハアハアハァハア  ハァハアハアハア  意思に反して呼吸が上がるばかりで、声が作れない。俺の咽喉を行き交う息が勢いを増すばかりで、言葉が呼吸に飲まれて消えていく。  伝えたいのに。  あなたに。  あなたに、俺の事。  俺は無事です。大丈夫。  まだΩの本能に飲まれていません。  だから…… (あなたの名前を呼びたいです)  guestとしてオークションに出品されたΩではなく…… (明里優斗として)  あなたの名前を呼びたい。  戻ってきてくれて、ありがとう。  真川尋さん。  あなたの宵闇の瞳に包まれている。  触れられなくても、あたたかい。  あなたに見つめられていると、凍りついた心臓がトクトク、トクトク、熱を奏でる。  一億  どうやって調達したのだろう。俺はまた、あなたに迷惑を掛けてしまった。  でも……  もう、これで。  この金額は超えられない。  一億以上のコールは掛からない。  あなたのもとへ駆け下りていいよね。  αの執着で異様な空気の張り積めるこの場所から、一刻も早く出たい。  おぼつかない足取りで、壇上から下りる俺の肩を強い力が引きずり込んだ。 「どこへ行くのですか?guest様」  司会者の固執する視線が、俺を絡め取った。 「まだ『夜の帳』は終わってませんよ」  鋭利な双眼が一億の男を貫いた。 「そのコールは無効です」

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