12 / 76

2章【主体的には動かない、諧謔的なオメガ】 1 *

 あの出会いから、一年が経った。  新人歓迎会で、矢車と関係を持ってからというもの。  ――松葉瀬は矢車と、セフレのような関係性を維持していた。  松葉瀬の気が向いたとき……主に、怒りの矛先として。  松葉瀬は矢車で憂さ晴らしをするようになったのだ。  対して、矢車は松葉瀬から誘われても……拒絶をしない。  家に押しかけられては中へ招き、家に呼ばれたら何時であろうと向かった。  ――それは、職場でも。  ポタッ、と。  なにかが滴る音が、男子トイレの個室に響く。 「んっ、んぅ……ふぁ、ん……っ!」  立ったままだというのに、矢車は背後から何度も何度も体を突き上げられた。  その度に、矢車の口からはくぐもった声が漏れる。 「どうした、ヘンタイ。いつもはもっとうるせェクセに、我慢なんかしやがって」 「んん、っ!」 「ハッ。今、すげェ締まった……ッ。声抑えるシチュエーションに、興奮でもしてんのかよ」  自分の両手で口元を押さえる矢車は、潤んだ瞳で後ろを振り返った。  真後ろで、矢車を犯す松葉瀬は……珍しく、笑顔だ。 「オイ、クソ後輩。……ナカと外。どっちに出されてェんだ?」 「んぅ、ん……っ!」 「なにも答えねェならナカに出すぞ」 「んんぅ、んっ!」  矢車は何度も、首を横に振った。  男にしては伸びた髪が、松葉瀬の顔に当たる。  それのせいか……それとも、もともとか。 「答えは、なしだな。なら、ナカ出しに決まりだ」 「ん、ふ……んんっ、んぅっ!」  矢車の耳元で囁く松葉瀬が、腰を打ちつける速度を上げる。  松葉瀬の絶頂が近いと悟った矢車は、何度も首を横に振り、ナカに出されることを拒んだ。  が、苛立つ松葉瀬には逆効果だった。 「んんっ、んっ! んんぅ、っ!」  一気に、奥まで突き上げられ。  そのまま、熱い飛沫が注がれる。  内腿を痙攣させた矢車も、松葉瀬に倣うよう、射精した。 「ん、ふぅ……っ、は、あ……っ」  情事が終わった安心感からか、矢車は自分の口から両手を放す。  快楽によって緩みきっていた口からは、唾液が零れていたらしい。矢車の手は、恥ずかしい程に濡れていた。 「も、センパ……ほんと、サイテー……っ」 「は? 駄目って言わなかったのはテメェだろ。口があるなら言葉で拒絶しろ、ボケ」 「自己中心的で、サイテーです……っ」 「そう言いながらケツ締めてきてんじゃねェよ、ド淫乱が」  ゆっくりと逸物を引き抜いて、松葉瀬は終わりと言いたげに矢車の耳を強く噛んだ。  矢車は一瞬の痛みに眉を寄せた後、松葉瀬を振り返る。 「ボク、これから会議の見学に呼ばれてるんですけどぉ?」 「ならナカ出しでいいだろ」 「フツーに考えて外じゃないですかぁ? スーツを汚さないように出してくださいよ、種馬センパイ」  挑発的な台詞に、松葉瀬も眉間の皺を深くした。  その後……まるで報復だと言わんばかりに、今度は反対側の耳を噛んだ。

ともだちにシェアしよう!