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矢車は確かに、仕事ができる方ではない。
しかしその原因は、矢車がオメガだからではない……と、松葉瀬は思っている。
――純粋に、矢車の【仕事に対する姿勢】の問題。
(馬鹿共が。アイツは仕事に対して不真面目なだけだっつの。第二の性で決めんなや)
生産性のない話に耳を傾けるのはやめ、松葉瀬は自分の仕事に戻る。
キーボードを素早く叩き、数字を打ち込む。
(俺がエリートだって言われてんのも……アルファだからじゃねェんだよ……ッ)
矢車に対して、松葉瀬は仕事を真剣に取り組んでいた。
サービス残業を苦とは思わず、自ら進んで行う。自分の手が空いたのなら、進みが遅れている職員の仕事も請け負った。
――それらを全て『アルファだから』と片付けられるのは……我慢できない。
無駄な時間を過ごしたなと思いつつ、松葉瀬は仕事を進める。
すると突然、予想もしていなかった台詞が飛んできた。
「なら、ベータよりもアルファだよな! ……オイ、松葉瀬~! この書類、頼んでもいいか~?」
――思わず、マウスを砕きそうになる。
松葉瀬はニコリと笑みを貼りつけ、矢車たちが集まっている方を振り返った。
「呼びましたか、係長?」
「おぉ、呼んだ呼んだ! この書類の打ち込みなんだが……」
「構いませんよ。任せてください」
椅子から立ち上がり、人当たりのいい笑みを浮かべる。
そのまま係長から書類を受け取り、頭を下げた。
――内心では、溢れんばかりの憤りを抱えながら。
そんな松葉瀬たちのやり取りを、矢車は笑顔で眺めている。
(ナカ出ししたことに対する報復のつもりか、クソが……ッ!)
とは思っても、松葉瀬は苛立ちを、口にも表情にも出さなかった。
係長から書類を受け取り、一時間後。
松葉瀬は事務所に一人で残り、仕事を続けていた。
着手しているのは勿論、矢車から回ってきた書類の打ち込み業務だ。
(あのクソメスビッチが……ッ! 会議の見学なんざ気にしねェで、足腰立たなくなるまでぶち犯してやればよかった……ッ!)
一度のナカ出しでは、割に合わない。
松葉瀬は真剣にそんなことを考えながら、打ち込んだデータと書類を照らし合わせている。
持っていた書類をめくろうとしたとき。
するりと、書類が一枚だけ……床に滑り落ちた。
「あぁッ、クソッ!」
些細なきっかけではあったが、松葉瀬の怒りを爆発させるのには十分すぎる要因だ。
松葉瀬は椅子に座ったまま、隣のデスクを力の限り蹴りつける。
――すると。
「――くふっ、ふふ……っ!」
背後から、小さな笑い声が聞こえた。
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