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玄関の戸を閉めた瞬間。
「はぁい、センパイ。ちゅっちゅしましょうねぇ?」
靴を脱ぐよりも先に、矢車は松葉瀬にそう強請った。
「殺すぞボケナス」
自分に抱き着く矢車を冷ややかな目線で見下し、松葉瀬は吐き捨てる。
が、松葉瀬が要求を呑まない限り、矢車が自らの意思で動かないのは自明の理。
「――んむ、っ!」
キスを強請る矢車に対し、松葉瀬は噛みつくように唇を重ねた。
「んく、ん……ん、ふ、っ!」
荒々しく、愛情も遠慮もないキス。
それでも矢車はくぐもった声を漏らし、快楽に体を火照らせる。
そんな口づけを交わしていると……不意に松葉瀬は、矢車が受けていた係長からのセクハラを思い出す。
「……お前さ、俺以外にもこういうことする相手いんのかよ」
唇を離し、くたりと脱力した矢車に松葉瀬は問いかける。
潤んだ瞳で、矢車は松葉瀬を見上げた。
「ふ、ぇ……? なに、それぇ……?」
熱に浮かされたかのような瞳が、キョトンと丸くなる。
「もしかして、センパイって……意外と独占欲強い感じですかぁ?」
「あ?」
「おかしいなぁ……? ボクの見立てだと、センパイはサバサバしてる感じだったんですけど……?」
「なに気色わりィ考察してんだ、クソビッチ」
矢車が身に着けていたネクタイを、松葉瀬が突然引き抜く。
「テメェの貞操観念は、無いどころかマイナスだろォが。だから、俺以外にもそういう相手がいてもおかしくねェなと思っただけだ」
スーツを脱がし、そのまま床に落とす。
すると矢車は、眉を寄せた。
「センパイの愛玩動物になってあげて、一年経ちますけど……センパイはその一年間、ボクのことをちっとも見てくれてなかったんですね」
そう呟いた矢車が、唇を尖らせる。
――珍しく、拗ねたのか。
ほんの一瞬だけそう感じた松葉瀬だったが、矢車は安定の台詞を紡いだ。
「センパイほどカワイソウで残念で、抱かれたら屈辱以外の何でもない相手じゃないと……ボクは興奮できないんですよぉ? そんな社会のゴミみたいな人、そうそういないじゃないですかぁ? センパイって、顔しかいいところがないんですかぁ? バカなんですぅ? センパイこそ、義務教育やり直した方がいいですよぉ?」
「咬むぞクソガキ」
ワイシャツの第二ボタンまでを一気に外し、襟を下げる。
脅しのつもりだったが、矢車には逆効果。
「モチロン、いいですよぉ? ……ほら、どうぞ? 残念アルファなお粗末センパイ? 欲望の赴くままに、ガブッとしちゃってください?」
そう言い、矢車は松葉瀬に背を向けた。
その瞬間……ふわりと、甘い香りが舞う。
鼻腔をくすぐり、理性すらも弄ぶ、艶めかしいフェロモン。
松葉瀬は誘われるように、矢車のうなじへ手を伸ばし……。
「殺すぞ、ガキが」
思い切り、つねった。
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