18 / 76
2 : 7
うなじをつねられた矢車は、悲鳴を上げる。
「ひっ! い、痛いじゃないですかぁ! ボク、センパイから与えられる絶望は好ましく思っても、痛いのは嫌いなんですってばぁ!」
つねられたうなじを手で押さえ、矢車が目を吊り上げながら文句を言う。
そんな矢車を見下ろして、松葉瀬は鼻で笑った。
「ハッ! マゾだろォが絶望中毒だろォが、どっちみちヘンタイには違いねェだろ」
「全然違いますよ!」
「キャンキャンうるせェんだよ、小動物未満が」
「んむっ」
騒ぎ続ける矢車の口に、松葉瀬は自分の口で蓋をする。
舌で口腔を弄ぶと、矢車はすぐさま甘い声を漏らす。
「ふ……ん、む」
それと同時に、またしても甘い香りが漂った。
「……いいから、黙って犯されとけ」
「あ……っ」
「甘ったるい匂いさせやがって……ヤッパリ、テメェはドヘンタイのクソビッチじゃねェか」
ワイシャツを乱暴に脱がし、矢車の下履きにも手を伸ばす。
着々と犯される準備が進められる中、矢車はニッコリと微笑む。
「あはっ。何ですか、それ? 素直に『抱きたくてたまらないぜ』って言ってくださいよ、ヤリチンセンパイ?」
「憂さ晴らし用のサンドバッグ風情が、なにほざいてんだか」
矢車の華奢な裸体が、松葉瀬の眼前に現れる。
つねったばかりのうなじに唇を寄せ、松葉瀬は一度だけ舌を這わせた。
「ん……っ。センパイの口が、うなじに当たるの……ゾクゾクして、気持ちい……っ」
「咬まれるかもしれねェって恐怖からなら、残念だったな。金を積まれたって咬まねェよ」
「は、あ……っ。いじわるぅ……っ」
うなじから唇を離した松葉瀬を、矢車が振り返る。
「いつも……オメガのこと、尊重したがりますよね。偽善者センパイは」
「……夢見てんじゃねェよ」
目を閉じた矢車に、松葉瀬はキスをした。
矢車が仕事のできない社員なのは、オメガだからという理由ではなく、本人の素質が問題。
仕事を押しつけられたのは、矢車の……オメガのせいじゃない。
それは決して、オメガを尊重したわけじゃなかった。
――オメガを擁護したのは、松葉瀬がアルファだから。
――第二の性で、誰かに判断されることの苦痛を……誰よりも、知っているつもりだからだ。
「ん、はぁ……っ。センパイ、もっと……ちゅっちゅ、しましょ……っ?」
唇を離せば、矢車がおかわりを要求する。
それに応じようと思ったのは……オメガのフェロモンに充てられたアルファの性質なんかでは、ない。
――仕事で疲れたから、そのストレスを発散したいだけ。
(『偽善者』ってのは……あながち、間違いでもねェかもな)
当然、松葉瀬はその言葉を……口にはしなかった。
2章【主体的には動かない、諧謔的なオメガ】 了
ともだちにシェアしよう!