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3章【大乗的にはなれない、威圧的なアルファ】 1
松葉瀬は、仕事を淡々とこなす。
どんなときでも、話しかけられれば笑顔で対応。
それでいて松葉瀬は、アルファであるという前提を無視しても、容姿に恵まれている。
そんな松葉瀬が、仮面とは言え愛想よく過ごしていたら……女性職員からの人気は確約されたも同然だ。
実際問題……矢車と出会う前は、社内の女性職員をとっかえひっかえしていた過去もある。
しかし、矢車と関係を持ってからの松葉瀬は……女性との濃厚な関係を一切築いていない。
――その結果……全く求めていない噂が飛び交っていた。
「松葉瀬さんに彼女がいるって噂……本当なんですか?」
昼休憩中。
二人の女性職員が、松葉瀬のデスクに近寄って来た。
「その噂、まだ広まってるんですか? 何度でも否定しますけど、俺、独り身ですよ? ……それに、ほら。彼女がいたらコンビニ弁当なんて食べてないですって」
そう言い、松葉瀬は食べかけのコンビニ弁当を箸で指す。
貼りつけられた笑みを見て、女性職員は頬を赤らめていた。
(またその話題かよ。テメェらは初めてでも、こっちは初めてじゃねェんだぞ、ボケ)
内心で、毒づかれているとも知らずに。
「ほら、ヤッパリただの噂じゃん!」
「松葉瀬さん、スミマセン! 実は……他の課の子が最近、松葉瀬さんと関係を持った人っていないよね~って話をしていて……」
「それで私たち、特定の彼女ができたのかなぁって思って」
畏縮する女性職員に向かって、松葉瀬は努めて明るく返答する。
「あははっ! 何ですか、それ? まるで俺が遊び人みたいじゃないですか」
内心では。
(女と歩いてるワケでもねェのに、はた迷惑な話だな)
周りの暇人さ加減に飽き飽きしつつも、松葉瀬はそれを顔に出さない。
だからこそ、女性職員は松葉瀬に恋焦がれるのだ。
「じゃあ、私、立候補したいで~す!」
「あ、ズルイ! アタシだって松葉瀬さん狙ってるのに~」
この流れはもう、何度も経験した。
松葉瀬は笑みを浮かべたまま、二人の女性職員を見上げる。
「ははっ、ありがとうございます。うちの課でも人気なお二人にそう言ってもらえて、男冥利に尽きますね」
普段ならこれで、この手の会話は終わるはず。
しかし今日は、それだけでは終わらなかった。
「――ヤッパリ、松葉瀬さんが理想とするパートナーって……ベータじゃなくて、番になれるオメガですか?」
松葉瀬の眉が、一瞬だけ動く。
けれど女性職員は、そのことに気付いていない。
「いやぁ……あんまり、そういうのは考えたことないですね。好きになった子と一緒になれたらいいなぁって、そんな感じです」
松葉瀬も当然、気付かせなかった。
「ロマンチックで素敵ですね!」
「ありがとうございます」
――何とか誤魔化せたか。
松葉瀬がそう思ったのも、束の間だった。
「でも、アルファの人ってやっぱり、オメガのフェロモンには惹かれたりするんですか?」
「あ! それ、アタシも気になる! ……例えば、男だけど矢車君とか!」
女性職員の悪意無き問い掛けに、松葉瀬は笑顔を崩さない。
――その笑顔の下では、憎悪に近い憤りを抱えているが。
――そんな様子は、欠片も表さなかった。
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