19 / 76

3章【大乗的にはなれない、威圧的なアルファ】 1

 松葉瀬は、仕事を淡々とこなす。  どんなときでも、話しかけられれば笑顔で対応。  それでいて松葉瀬は、アルファであるという前提を無視しても、容姿に恵まれている。  そんな松葉瀬が、仮面とは言え愛想よく過ごしていたら……女性職員からの人気は確約されたも同然だ。  実際問題……矢車と出会う前は、社内の女性職員をとっかえひっかえしていた過去もある。  しかし、矢車と関係を持ってからの松葉瀬は……女性との濃厚な関係を一切築いていない。  ――その結果……全く求めていない噂が飛び交っていた。 「松葉瀬さんに彼女がいるって噂……本当なんですか?」  昼休憩中。  二人の女性職員が、松葉瀬のデスクに近寄って来た。 「その噂、まだ広まってるんですか? 何度でも否定しますけど、俺、独り身ですよ? ……それに、ほら。彼女がいたらコンビニ弁当なんて食べてないですって」  そう言い、松葉瀬は食べかけのコンビニ弁当を箸で指す。  貼りつけられた笑みを見て、女性職員は頬を赤らめていた。 (またその話題かよ。テメェらは初めてでも、こっちは初めてじゃねェんだぞ、ボケ)  内心で、毒づかれているとも知らずに。 「ほら、ヤッパリただの噂じゃん!」 「松葉瀬さん、スミマセン! 実は……他の課の子が最近、松葉瀬さんと関係を持った人っていないよね~って話をしていて……」 「それで私たち、特定の彼女ができたのかなぁって思って」  畏縮する女性職員に向かって、松葉瀬は努めて明るく返答する。 「あははっ! 何ですか、それ? まるで俺が遊び人みたいじゃないですか」  内心では。 (女と歩いてるワケでもねェのに、はた迷惑な話だな)  周りの暇人さ加減に飽き飽きしつつも、松葉瀬はそれを顔に出さない。  だからこそ、女性職員は松葉瀬に恋焦がれるのだ。 「じゃあ、私、立候補したいで~す!」 「あ、ズルイ! アタシだって松葉瀬さん狙ってるのに~」  この流れはもう、何度も経験した。  松葉瀬は笑みを浮かべたまま、二人の女性職員を見上げる。 「ははっ、ありがとうございます。うちの課でも人気なお二人にそう言ってもらえて、男冥利に尽きますね」  普段ならこれで、この手の会話は終わるはず。  しかし今日は、それだけでは終わらなかった。 「――ヤッパリ、松葉瀬さんが理想とするパートナーって……ベータじゃなくて、番になれるオメガですか?」  松葉瀬の眉が、一瞬だけ動く。  けれど女性職員は、そのことに気付いていない。 「いやぁ……あんまり、そういうのは考えたことないですね。好きになった子と一緒になれたらいいなぁって、そんな感じです」  松葉瀬も当然、気付かせなかった。 「ロマンチックで素敵ですね!」 「ありがとうございます」  ――何とか誤魔化せたか。  松葉瀬がそう思ったのも、束の間だった。 「でも、アルファの人ってやっぱり、オメガのフェロモンには惹かれたりするんですか?」 「あ! それ、アタシも気になる! ……例えば、男だけど矢車君とか!」  女性職員の悪意無き問い掛けに、松葉瀬は笑顔を崩さない。  ――その笑顔の下では、憎悪に近い憤りを抱えているが。  ――そんな様子は、欠片も表さなかった。

ともだちにシェアしよう!