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 脳内で、女性職員を数回、ナイフで刺す。  そんな妄想で何とか自分自身を宥めつつ、松葉瀬は返答する。 「まさか。後輩は後輩です。オメガとか、そんなことは関係ありませんよ」 「ヤッパリ、アルファは言うことが違いますね!」 「うんうん! オメガにも優しいだなんて……カッコいいです!」  握っていた箸を折ることなんて、松葉瀬にとっては容易だった。  あと一言。なにかを言われたら、確実に折る。  怒りに駆られた松葉瀬は、返答に間を置いてしまう。  すると、話題の人物が介入してきた。 「――ちょっとぉ? 女の人でも、セクハラですからねぇ?」  いったい、どこから聞いていたのか。  話題の人物……矢車はそう言って、女性職員に笑顔を向けている。 「あ、矢車君……っ」  途端に、女性職員の表情が曇った。 (アルファには申し訳ないと思わなくて、オメガにはそう思うのかよ……)  松葉瀬は内心で、盛大に舌打ちをする。 (まぁ、同情されるなんてまっぴらごめんだけどな)  話題の矛先が自分から逸れた隙に、松葉瀬はサッサとコンビニ弁当を食べ進めた。 「ち、違うのよ、矢車君! 今のは、悪口とかじゃなくて……っ」 「分かってますってばぁ」  矢車はケタケタと笑いながら、松葉瀬が座る椅子の背もたれに腕を載せる。 「でも……もしもボクが、本気でセンパイを狙ってたらぁ? そういう横やりは、フツーに失礼ですよぉ?」 「「え……っ?」」 「なぁんてねっ! 冗談ですよぉ?」  女性職員に対して、思うところがあったのか。  それとも純粋な、松葉瀬に対する当てつけなのかは……松葉瀬にも、分からない。  女性職員の呆気にとられた表情。それで満足したのだろう。  矢車は上機嫌そうに、松葉瀬が座る椅子の背もたれを揺する。 「ちょっと、矢車君? 俺、今、ご飯食べてる最中だから――」 「オメガのボクも食べますか、セ~ンパイっ」  聖人の仮面をつけたまま、松葉瀬は後ろに立つ矢車を見上げた。  それが愉快なのか、それとも滑稽なのか……矢車はわざと、松葉瀬を挑発する。 (この、腹黒ヤローが……ッ)  わざと、松葉瀬は悲しそうな表情を作った。 「ごめんね、矢車君。……俺はそういう冗談、あんまり笑えない」 「ふふっ、ですよねぇ? ヤッパリ、センパイは分かってくれますよねぇ?」  矢車は今すぐにでも、松葉瀬に抱き着かん勢いだ。  松葉瀬は内心で中指を立てつつ、空になったコンビニ弁当の容器を持って立ち上がる。 「それじゃ、俺はここで失礼します」  ゴミを捨てに行くという免罪符を掲げて、松葉瀬は会話から離脱した。  その後ろを、誰もついてこない。 (――なにが『オメガに惹かれるんですか』だ……ッ! ふざけんなよ、クソメス共がッ!)  思わず、箸をへし折る。  しかしその様子を注視している者は、誰一人としていなかった。

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