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女性職員の言っていた通り、矢車はオメガだ。
しかし、その前に……矢車は【小生意気な後輩】という前提がある。
松葉瀬にとっては、惹かれる理由なんて欠片もないのだ。
それなのに、あの女性職員たちは前提に【オメガ】を置いた。
根本的な考え方から、女性職員とは違う。
それがどうしたって、松葉瀬には許せなかったのだ。
(あのクソヤローもそうだ。アイツ、俺が腹を立てるって確信しながらちょっかいかけてきやがったな……ッ)
ゴミを叩きつけたくなったが、それは我慢。
この怒りを、苛立ちをどこに向けるか。松葉瀬は一瞬だけ思案する。
普段なら、迷うことなく矢車だ。
しかし……今日はその気になれなかった。
(仕事、するか)
腹癒せに矢車を犯すことに、松葉瀬は罪悪感を抱いたりしない。
けれど、今日に限ってはそうしたくない理由があるのだ。
(誰が、あのガキの思う通りに動いてやるかよ……ッ)
ゴミを捨てた後、松葉瀬は自分のデスクに戻る。
そこにはもう、女性職員も……矢車もいない。
(なにが悲しくて休憩時間にも仕事をしなくちゃならねェんだか)
そうは思っても、なにかに没頭してしないと仮面が剥がれ落ちてしまいそうだった。
椅子に座った後、松葉瀬はチラリと、矢車のデスクに視線を向ける。
すると、楽しそうに松葉瀬を眺めている矢車と、目が合った。
矢車は松葉瀬と目が合うと、自分のスマホを掲げ、指でトントンと叩く。
その合図を眺めた後、松葉瀬は自分のスマホに視線を落とした。
『休憩時間、まだ残ってますよ? ちなみに、ボクの準備はオッケーです』
スマホには、一通のメッセージ。
差出人は……当然、矢車だ。
(ビッチが)
返事をせず、松葉瀬はスマホをポケットにしまう。
そのまま矢車のデスクには目を向けず、松葉瀬は残っていた仕事に着手した。
苛立ちは、一向に収まらない。
だが、少しだけ。
矢車に向かって中指を立てなかった自分を、松葉瀬は褒めたくなった。
それから、数時間後。
終業時間を越えた事務所で、松葉瀬は残業をしていた。
すると、同僚や上司との雑談を終えたらしい矢車が、松葉瀬に近寄る。
「センパイ、今日も残業ですかぁ? ヤッパリ、期待のアルファさんって凄いですね……うっとりしちゃうなぁ」
「いや、俺なんてまだまだ若輩者だよ」
わざとらしいウザ絡みをしてくる矢車には目もくれず、松葉瀬は仕事を続行。
まだ、事務所には自分たち以外の職員がいる。
松葉瀬は、素の自分を出すわけにはいかないのだ。
その事情を全て知っている矢車は、心底愉快そうに吹き出した。
「ぷっ、くっ、ふふ……っ!」
キーボードを叩く指に、力がこもる。
(絶対殺す……ッ)
今は怒りを耐えて、仕事に没頭しよう。
そう決心した松葉瀬の背後に、矢車は回る。
そしてそのまま……矢車は、松葉瀬の体に腕を回した。
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