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矢車が、自分のもとから離れて行く。
そうすると松葉瀬は、言い様のない喪失感に駆られた。
(マジで、どうしたんだよ、俺……ッ)
自分のことなのに、理解が追い付かない。
ほんの少し、離れただけなのに。
何だったら、視線を送ればいつだって気付いてくれる距離にいる。
それなのに……松葉瀬は最近いつも、喪失感に苛まれた。
離れて行く矢車の背中を見て、腰を見る。
(俺が最近おかしいのは、あのクソヤローが他の人間と違いすぎるからだ……ッ! あの細い腰、いっそ砕いて……動けなくしてやろォか?)
実践する気のない、想像の域を越えない八つ当たり。
松葉瀬は自分の頭を乱暴に掻いた後、矢車から渡された書類に目を通した。
その日の、昼休憩。
「松葉瀬さん、さっきの話……聞いてましたよ~?」
二人の女性職員が、松葉瀬のデスクに近寄って来た。
『さっきの話』というのが、どれのことなのか。松葉瀬は皆目見当がつかない。
しかしその答えは、もう一人の女性職員が教えてくれた。
「松葉瀬さん、好きな子いるんですって? も~、教えてくれたって良かったじゃないですか~」
矢車が仕事中に言っていた、妄言だ。
(あのクソ後輩……ッ! 余計な手間増やしやがって……ッ!)
アルファだなんだと言われるよりはマシだが……松葉瀬は恋愛関連の話も面倒で嫌いだった。
しかし……笑みを浮かべないと、今まで重ねてきた努力の意味が無くなってしまう。
「いませんよ、そういう相手。あれは矢車君が勝手に言っていたことですから。……残念ながら仕事ばかりで、そういったことに手が回らないんです」
諸悪の根源である矢車は、どうやら事務所にいないらしい。
(アイツが昼に事務所から出てるなんて……珍しいな)
一瞬だけ矢車を探したが、いないのならそれでもいい。
妙な喪失感には蓋をして、松葉瀬は女性職員二人を見上げる。
「私は、仕事を一生懸命頑張る松葉瀬さんも素敵だなって思いますよ?」
「あ、ちょっと! 抜け駆けしないでよ~!」
――また、この手の流れか。
内心で辟易しつつも、松葉瀬は笑みを崩さない。
(誰が誰を好きとか、そんなモンのなにが面白いんだが……)
コンビニ弁当を食べる手を止めた松葉瀬は、早くこの会話が終わらないかと思っていた。
しかし、女という生き物はこの手の話題が好きなのだということも、松葉瀬は重々承知している。
「そう言えば……最近、矢車君と茨田課長! 凄く仲良しな感じですよね!」
「あ、確かに! ヤッパリ、自分に懐いてくれてる後輩がとられちゃうと、寂しいですか?」
簡単に、会話から解放されるはずがない。
……とは、思っていたが。
まさかそんな話題に転換するとは、さすがの松葉瀬も思ってはいなかった。
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