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そうして迎えた、終業時間。
それから、数時間後の事務所。
「――ぷっ! あははっ、ふはっ! センパイ、お昼休みにそんな楽しそうな会話してたんですかぁ? やだっ、面白すぎます、百点満点にハナマルと富士山つけちゃいますよぉ!」
サービス残業をこなす松葉瀬の隣に、矢車が座っていた。
あまりにも松葉瀬が不機嫌だったこと気付いた矢車は、しつこく『なにがあったんですか』と訊きまくり……こうして、苛立ちの理由を引き出したということだ。
「お前な……」
矢車のせいで、恋愛関連のウザ絡みをされたこと。
そこから派生して、茨田が軽んじられていたことが面白くなかった。
そういった話をひとしきり聴いた後、矢車は腹を抱えて笑い出したのだ。
そんな矢車の様子を見て、松葉瀬がうんざりしないわけがない。
しかし、矢車は笑みを絶やさなかった。
「いやぁ、残念です。茨田課長とお昼に行ってなかったら、リアルタイム視聴できたのになぁ……! タイムシフトとかできませんかねぇ? できないかぁ……」
「……は?」
キーボードを叩く手が、ピタリと止まる。
矢車は自分の目尻を指でこすりながら、小首を傾げた。
「……お前、ついに……茨田にもたかるようになったのか?」
「人聞き悪すぎません? ボクのこと、何だと思ってるんですか?」
「尻軽クソビッチで人の財布に寄生するウジ虫だろ」
「酷いです!」
矢車はわざとらしく頬を膨らませて、松葉瀬が座る椅子の背もたれをガタガタと揺らす。
「茨田課長からのお誘いですよーっだ!」
「へぇ?」
松葉瀬は思わず、疑うような眼差しを矢車へ向ける。
その視線に気付いた矢車は、更に背もたれを揺らした。
「ボクのATMはセンパイだけですぅ! アルファたっぷりマネーですぅ!」
「オートマティック・テラー・マシーンだ、ボケ」
「うわぁ……知識のマウントとか、フツーにキモいですぅ。大人げなぁい、ダサァい、ショボぉい!」
パッと手を放し、矢車はその場でグルグルと、自分の椅子を回転させる。
「まぁ、話しはちょっとズレるかもですけど……面白がってる節は、否めないですよねぇ?」
「なにが」
「アルファとオメガに対する、世間の目ってやつですよ」
矢車が一人遊びを始めたので、松葉瀬は気にせず仕事を再開した。
「ホラ? 希少な動物がいるぞ~って言われた動物園には、思わず行きたくなっちゃうでしょう? そんな感じですよねぇ」
「…………」
「アルファとかオメガは特に珍しいから、仕方ないと言えば仕方ない気もしますけどねぇ?」
もう一度、松葉瀬は手を止める。
確かに……矢車の言っていることは、どうしようもないほどの正論だ。
自分たちとは違う生き物がいるのなら、誰だって好奇心で見たくなるし、噂もしたくなる。
ただ、その現実を……矢車の口から言わせたくは、なかったのだ。
「『仕方ない』で、終わらせるんじゃねェよ」
松葉瀬の呟きに、矢車は椅子の回転を止めた。
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