50 / 76

6 : 5

 どうして、矢車の口からそんな言葉を聞かないといけないのか。  松葉瀬はそれがどうしても許せず、思わず……庇うような言葉を口にしてしまった。  すかさず、矢車は口角を上げる。 「あれぇ? センパイ、今日は随分とおセンチなんですねぇ? 傲慢で身勝手で、人類最大の汚点みたいな生き様……やっと改めたんですかぁ?」 「うるせェ黙れ人類史の恥」  ほんの少しいつもと違うことを言ってみれば、矢車はすぐに、松葉瀬をからかう。 「弱そうなボクが、誰かにいじめられたり虐げられたりするの……センパイはイヤなんですかぁ? それで、ボクがボク自身を貶めるのもイヤなんですねぇ? あれれぇ? もしかして、ボクってセンパイにとってか~な~り! カワイイ後輩ポジですかぁ?」 「その腐りきった脳みそ、砕いてやろうか」  止めていた手を、矢車の頭へ伸ばす。  指先でグッと強く頭を押さえ込むと、矢車は楽しそうに笑った。 「あははっ、やだぁ! センパイに撫でられちゃいますぅ!」 「誰が――」  指先に、矢車の髪が触れる。  その髪はサラサラとしていて……何とも、触り心地がいい。 (……まぁ、俺が撫でたら……どうせコイツは『絶望的』とか言って笑うんだろうな)  ――いっそ、絶望させるのも悪くはない。  そう思った松葉瀬は、指先に込めた力を緩める。  そして、おもむろに。 「――はぇ、っ?」  矢車の頭を、優しく撫でてみた。 「オラ、どうした絶望中毒。サッサとビッチくせェ声出して、絶望し――」  どんな表情をしているのかと、松葉瀬は矢車の顔を覗き込む。  ――すると、予想外の表情が視界に飛び込んできた。 「や、え……っ?」  頬は、赤く染まり。  髪から覗く耳も、うっすらと赤くなっている。  矢車はひたすら戸惑い、忙しなく視線を泳がせていた。  松葉瀬はすぐに、矢車の頭から手を放す。  それと同時に、矢車は俯いた。 「……よ、よく、分からなかった……です。……な、ので、その……もっ、もう一回、してみたら……いいと、思います……はい」  矢車がそう言うのと、同時に。  ――ふわりと、甘い香りが広がった。 「……何で今、このタイミングで発情したんだよ……クソ淫乱」 「や、えっと……何で、ですかねぇ……?」  まるで初々しい少女のように、矢車は自分の両手を合わせて、モジモジと恥じらっている。 「センパイが、変なことするから……ガッカリしちゃって、絶望しちゃったのかなぁ……なんて? それとも、あはは……もしかしてボクたち、運命の番だったり?」 「動揺してワケわかんねェことばっか言うんじゃねェよ」 「誰のせいだと思ってるんですか……っ」  憤りかけた矢車の頭に、松葉瀬はもう一度手をのせた。  すぐさま、矢車が黙り込む。 (何だ、この気分……?)  ――何となく、もう少しだけ、こうしていたい。  言葉にできない妙な気持ちになりながら、松葉瀬は再度、矢車の頭を撫でてみた。

ともだちにシェアしよう!