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矢車以外に見せたことがない、怒りを露わにした表情。
眉間に深く皺を刻み、怒りのままに口を歪め。
鋭い眼光で、他者を睨みつける。
そんな松葉瀬陸真が、二人の前に立っていた。
「茨田……アンタには、言いたいことが山ほどある……ッ」
「ひ、っ」
松葉瀬は二人と距離を詰め、そのまま茨田の腕を掴んだ。
本能的に恐怖を感じ取った茨田が、息を呑む。
「だが、時間が惜しい……一つだけにしといてやる」
力任せに、松葉瀬は茨田の腕を……握り締めた。
「――鍵を置いて失せろ、クソアルファ……ッ!」
ギリッ、と、指が腕に食い込む音。
ミシミシと響く痛みに、茨田は顔面蒼白となる。
「うわぁ、怖いですねぇ? 鬼も逃げ出す鬼気迫りっぷりですぅ。……写真撮ろうかなぁ?」
「テメェは黙ってろッ!」
「きゃー、こわぁいっ」
全く怯えた様子を見せない矢車を見て、茨田はそれすらも恐怖として受け取った。
「は、離せ……っ!」
何とか松葉瀬の手から逃れ、茨田は腰をぬかしかける。
しかし、どうにか上体を立て直したらしい。
茨田はそれ以上なにも言わず、ポケットから鍵を取り出し、床に放る。
そしてそのまま、書庫から逃げ出してしまった。
茨田の足音が、どんどん小さくなっていく。
「……オイ、クソビッチ。お前――」
茨田の背中を見送った松葉瀬は、すぐさま矢車へ視線を向けた。
――が、さっきまで矢車の頭があった位置に、矢車がいない。
松葉瀬は慌てて、視線を下へ向けた。
「……セン、パイ」
矢車が、その場でしゃがみ込んでいる。
と言うよりは……力が抜けて、膝から崩れ落ちたようだ。
「就業時間中は、優等生の仮面をかぶってるセンパイに……こんなこと、酷だって分かってます。……分かって、るんですけど……っ」
矢車は言葉を区切り。
震える手で、自分の肩を抱いた。
「――お願い。鍵、閉めて……っ」
今すぐにでも。
――矢車を抱き締めたい衝動に、松葉瀬は駆られた。
けれど、矢車を安心させたいのも本心だ。
松葉瀬はすぐさま、書庫の鍵を閉めに向かう。
内側から鍵をかけた後、松葉瀬はすぐに、うずくまる矢車へ近付いた。
「センパイ……こっち、来て……っ」
「目の前にいるっつの、ボケ」
「見えない、分かんないです……っ」
俯いた矢車の視界には、松葉瀬は入っていない。
だからこそ……【仕方なく】という免罪符を利用し、松葉瀬は矢車を抱き締めた。
「なにが……『子ウサギ系オメガじゃなくてごめんなさぁい』だ、ドアホ」
「う……っ」
「警戒心がなさすぎなんだよ、尻軽」
相変わらず、松葉瀬の口調は優しくない。
しかしいつもとは違い……その手は、矢車の背を優しく撫でていた。
だからこそ、矢車は。
「――こわ、かった……っ」
本心を、口にした。
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