61 / 76

7 : 6

 矢車以外に見せたことがない、怒りを露わにした表情。  眉間に深く皺を刻み、怒りのままに口を歪め。  鋭い眼光で、他者を睨みつける。  そんな松葉瀬陸真が、二人の前に立っていた。 「茨田……アンタには、言いたいことが山ほどある……ッ」 「ひ、っ」  松葉瀬は二人と距離を詰め、そのまま茨田の腕を掴んだ。  本能的に恐怖を感じ取った茨田が、息を呑む。 「だが、時間が惜しい……一つだけにしといてやる」  力任せに、松葉瀬は茨田の腕を……握り締めた。 「――鍵を置いて失せろ、クソアルファ……ッ!」  ギリッ、と、指が腕に食い込む音。  ミシミシと響く痛みに、茨田は顔面蒼白となる。 「うわぁ、怖いですねぇ? 鬼も逃げ出す鬼気迫りっぷりですぅ。……写真撮ろうかなぁ?」 「テメェは黙ってろッ!」 「きゃー、こわぁいっ」  全く怯えた様子を見せない矢車を見て、茨田はそれすらも恐怖として受け取った。 「は、離せ……っ!」  何とか松葉瀬の手から逃れ、茨田は腰をぬかしかける。  しかし、どうにか上体を立て直したらしい。  茨田はそれ以上なにも言わず、ポケットから鍵を取り出し、床に放る。  そしてそのまま、書庫から逃げ出してしまった。  茨田の足音が、どんどん小さくなっていく。 「……オイ、クソビッチ。お前――」  茨田の背中を見送った松葉瀬は、すぐさま矢車へ視線を向けた。  ――が、さっきまで矢車の頭があった位置に、矢車がいない。  松葉瀬は慌てて、視線を下へ向けた。 「……セン、パイ」  矢車が、その場でしゃがみ込んでいる。  と言うよりは……力が抜けて、膝から崩れ落ちたようだ。 「就業時間中は、優等生の仮面をかぶってるセンパイに……こんなこと、酷だって分かってます。……分かって、るんですけど……っ」  矢車は言葉を区切り。  震える手で、自分の肩を抱いた。 「――お願い。鍵、閉めて……っ」  今すぐにでも。  ――矢車を抱き締めたい衝動に、松葉瀬は駆られた。  けれど、矢車を安心させたいのも本心だ。  松葉瀬はすぐさま、書庫の鍵を閉めに向かう。  内側から鍵をかけた後、松葉瀬はすぐに、うずくまる矢車へ近付いた。 「センパイ……こっち、来て……っ」 「目の前にいるっつの、ボケ」 「見えない、分かんないです……っ」  俯いた矢車の視界には、松葉瀬は入っていない。  だからこそ……【仕方なく】という免罪符を利用し、松葉瀬は矢車を抱き締めた。 「なにが……『子ウサギ系オメガじゃなくてごめんなさぁい』だ、ドアホ」 「う……っ」 「警戒心がなさすぎなんだよ、尻軽」  相変わらず、松葉瀬の口調は優しくない。  しかしいつもとは違い……その手は、矢車の背を優しく撫でていた。  だからこそ、矢車は。 「――こわ、かった……っ」  本心を、口にした。

ともだちにシェアしよう!