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背中を撫で、二人で黙ること数秒。
腕の中にいる矢車は、依然として震えたままだ。
「だから、首……隠せっつったろ」
「だって――」
「『だって』じゃねェんだよ。素直に『はい、分かりました』って言え、役立たず後輩が」
「う……ふ、っ」
背中を撫でていた手で、頭を撫でる。
そしてそのまま、一瞬だけ、うなじを撫でた。
――咬み痕は、ない。
そのことに安堵し、松葉瀬は深く、息を吐いた。
「俺相手に素直なお前とか、気色悪いったらねェな」
「センパイの方こそ……ボク相手に素直なのとか、笑えないです……っ」
「なるほどな。俺が本音を言ったら、テメェを困らせることができるのか。……覚えとくわ」
うなじから指を離せず、松葉瀬は意味もなく撫で続ける。
そうしていると、小さく震えたままの矢車が……蚊の鳴くような声で、囁いた。
「――センパイ、お願い。……ボクを、センパイの番にして……っ」
ピクリ、と。
松葉瀬の指先が、跳ねた。
当然、うなじを撫でられていた矢車は、松葉瀬の微かな動揺に気付く。
「センパイが、アルファを嫌ってることも……アルファである自分自身を嫌ってることも、知ってます。……オメガの番になるなんて、それこそ、アルファの象徴なんだってことも……ちゃんと、分かってます」
「……ッ」
「センパイは、番を作るなんて……絶対、イヤですよね……? ちゃんと、本当に、分かってるんです……。分かって、いるんです……っ」
矢車の手が、震えながらも真っ直ぐと、松葉瀬へ伸ばされる。
そのまま矢車は、松葉瀬の腕にしがみつく。
「それでも、ボクは……大嫌いなセンパイの、番になりたい。……センパイ以外の人に咬まれるなんて、絶対にイヤなんです……っ」
それは、あまりにも。
――あまりにも、悲痛な叫びだった。
矢車がどれだけ、松葉瀬のことを理解してくれているのか。
それは、松葉瀬自身もよく分かっている。
だからこそ……矢車がいつものように冗談を言っているわけではないと。そう、分かってしまった。
「俺以外の奴に咬まれたら……お前は、絶望しないのかよ」
絶望的な状況に陥ると、興奮する。
そう言っていたのは、矢車本人だ。
矢車は松葉瀬の腕にしがみついたまま、力無く、首を横に振る。
「できない、ですね。えぇ、余裕でムリです」
「何だよ、それ」
――失礼な奴だな。
そう続けようとした松葉瀬を、矢車は遮った。
「――センパイじゃないと、ボクは……絶望の先にある希望を、感じられないんです……っ」
松葉瀬の腕を掴む矢車の手が、震える。
華奢な体が再度、情けなく震えたのだ。
「――ボクは……っ! オメガになんて、なりたくなかった……っ!」
ただの一度も、打ち明けたことのない本心。
誰にも拭い去ることのできない恐怖と、不安。
ドロリと黒く、濁り、こびりついた負の感情。
矢車はそれを、松葉瀬相手に……手渡した。
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