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◎年上の彼
「秋(しゅう)さん、今度の週末どこにいく?」
「うーん、晃平(こうへい)くんの行きたいところにしよう。」
でた。またその台詞。
最近の秋さんは俺に合わせてばかり。
俺と秋さんの出会いはバイト先だった。
大学に入ってから始めたのは、喫茶店のアルバイト。
人目につかない小さなお店だが大きな駅の近くで、高時給、あまり忙しくなくて俺にとって最高の条件だった。
働きはじめて半年程経ったある日、常連のお客さんから連絡先を手渡された。好意を持ってくれるのは嬉しいのだが、いかんせん男の人だ。なんとも微妙な気持ちになった。
それからその人は、決まって昼過ぎに訪れるようになった。いつもスーツを着ているから「昼休みなんですか。」と尋ねたらそこからよく会話するようになり、他愛もない話をしていくうちに距離が縮まっていった。
まあそれからは、ノリと勢いで。
「秋さんさ、最近そればっかじゃん。どっか行きたいとことかないの?」
「そうだなぁ。晃平くんにまかせるよ。」
「なんか最近いつも俺の行きたいところとか、俺に任せるとかばっかり。用が無いなら、もう会うのやめとく?」
つい思っていたことをそのまま口に出してしまった。
しまったと感じた俺はバツが悪そうに「そーじゃなくて。」と咄嗟に弁解したのだが、秋さんには届いていなかったようだ。
秋さんは一瞬目を見開いて、小さくため息をついた。
なにそれ。
あんたから色々言っておいて、愛想つかすのかよ。
カチンときた俺は「じゃあ帰るわ。」とだけ残して秋さんの車から降りようとした。
「ま、まって!」
運転席から助手席の方に乗り出して、俺のパーカーの裾を掴む。今まで見たことないくらいに焦っている秋さんの表情を見て、帰るのも悪いと感じて再び助手席に戻る。
「なに。」
引き止めた理由を素直に聞くことができなくて、ついキツい口調になってしまう。
「えっと。」
「何もないなら帰る。」
「ちょっとまって!えっと、その。」
なかなか切り出さない秋さんに苛立ちが募る。
早く言えよ。とぐっと拳を握って待っていると、
「俺たち、別れた方がいいかな…。」
は?
唐突すぎる発言に開いた口が塞がらなかった。
「え、まじで言ってる?」
はは、と諦めたように笑う秋さんが、冗談を言っているようには見えなくて。その言葉は心に大きな石が乗っかったように重たくのしかかる。
「なんで急にそんなこと言うの。」
「急じゃないさ。ずっと考えてた。」
「……何が理由なの。」
秋さんと別れるなんて考えたことがなかった。
今もただ感情が抑えられずに不満を零してしまっただけ。
まさか既に、秋さんの気持ちは俺に無かったなんて。
「晃平くん、大学生だろ?学校じゃ色んな付き合いがあるだろうし、無理に俺なんかに合わなくていいんだよ。
あと、君には長い将来が待ってるんだ。もっと真剣に付き合う人を考えた方がいい。
一時の感情に任せて、君のことを好きだと言ってごめん。
色々悩んだんだけど、やっぱりこうするのが一番いいのかなって…。」
「………よ。」
「え?」
「長いよ!」
「あっ、と、ごめん…。」
「俺のこと、嫌いになったわけじゃないの。」
「嫌いになるわけないじゃない。」
嫌われたとばかり思っていたから、秋さんの言葉を聞いて思わず涙が出そうになった。
「え!泣いてるの!?」と聞かれたが「泣いてねえ!」と精一杯の強がりを見せる。
「別に俺、秋さんと無理に会ってるわけじゃない。
遊びで付き合ってるわけでもない。から、そんなこと言わないで…。」
「あ、ご、ごめん。でも……」
「でもじゃねぇ!別れるなんて二度と言うんじゃねぇぞ!
わかったか!」
きっと目頭も鼻も赤くなってるんだろうけど、思いっきり秋さんのことを睨みつける。
「ごめん、酷いこと言ってごめんね。」と優しく抱きしめてくれた。
「ふふ、晃平くんの泣き虫さん。」
「泣いてねぇよ。」
赤い目を髪で隠しながら、くすくすと笑う秋さんを見つめる。
「じゃあ今日はお寿司食べに行こう。」
「寿司……。」
「そ、回らないやつ。」
回らないやつ!と目を輝かせると嬉しそうに秋さんが笑う。
ちょっとへたれで可愛い俺の彼氏の話。
年上の彼 -end-
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