2 / 15
年上の彼 番外編
「晃平くんさ、あの喫茶店そーいう場所だって、知ってた?」
「…え?」
喫茶店でバイトを始めて1年ちょっと。
衝撃の事実を知った。
「そーいうって、そーいう?」
「うん。まあ本当に知る人ぞ知るって感じだけどね。男のお客さん多くない?」
「言われてみれば…。」
秋さん以外にも連絡先を渡してきた人は何人かいた。
明らかに気持ち悪い人もいたから捨てたりしてたけど。
まさか1年も続けて今知るなんて。
「絶対知らない方が良かった気がする。」
「あは、ごめんって。でもさ一応彼氏の身として心配なんだよ。変なやつに付きまとわれたりしないか、とかね。」
「なんだそんなこと。大丈夫だよ、今んとこ来るのは常連さんだけだし。最近はおばさんとかも多いし。」
「そうは言っても……」
「ごめん、明日早いからもう帰るわ。心配ありがとね。」
そう言って足早に改札を通る。
心配そうに俺を見つめる秋さんの顔に、軽く笑顔を向けながらホームへ向かった。
「お疲れ様でしたー。お先に失礼します。」
「あぁ、晃平くん。長時間ありがとうね。お疲れ様。」
店長に挨拶して喫茶店を後にする。
モーニングから夕方までの勤務はさすがに疲れるな。
俺は肩を回しながら大きなあくびをした。
スマホを開くと秋さんからのメッセージが届いていた。
"がんばれ"と言ってる猫のスタンプに返信していると、人気を感じて振り向いた。
「おわ!」
俺の後ろに立っていたのは、先程まで店内にいた常連のおじさんだった。思わず大きな声を出してしまったが、すぐに取り繕った。
「おっす。いつもありがとーございます!俺もう上がりなんで。じゃあ!」
営業スマイルで挨拶をして、足早に歩く。
さすがに気持ち悪すぎんだろ。なんで真後ろに立ってんだよあいつ!
あともう少しで大通りに出る。そう思っていた瞬間、肩にかけていたトートバッグを思いっきり掴まれて、勢いよく後ろに倒された。
「っ、いってぇな!なにすんだおっさん!」
どすっ、と勢いよく俺の腹に馬乗りになった常連客は、固く立ち上がったものを腹に擦り付けてきて、握り潰すほどの力で俺の手首を掴む。
やばい。やばいやばいやばい!
身を捩っても振りほどけず、全身が大きく震える。
俺の唇に視線を移した常連客が、だんだんと顔を近づける。次に何をされるか察した俺は、思いっきり頭突きをかました。
「いってえ!」
俺の膝あたりに転がるおっさんの腹に蹴りを一発入れてから全力疾走で駅へ向かう。
やべぇ。まじでやべえやつだった…!
震える肩を抑えながら、息を整えて適当な電車に乗り込んだ。
「ただいま。」
「あれ、晃平くん?!どうしたの?」
家に一人で居るのが怖くて、秋さんの家に帰ってきてしまった。最寄駅からも走って帰ってきたから汗も息切れもすごくて、秋さんが慌てて駆け寄る。
「すごい汗かいてるじゃん!とりあえずお風呂入りな!」
ぐいぐいと洗面所に押し込まれて荷物を下ろした。
やばかった。とてつもなく、怖かった。
男なんて。と思っていたが、実際に力で捩じ伏せられるとこうも身体が動かないのか。と先程の恐怖を思い出しながらぐっ、と震えないよう身体に力を入れた。
「おかえり。ご飯は?食べた?」
「…まだ。」
「そっか。じゃあ用意するね。」
何も言わずに迎え入れてくれたのが、今の俺には嬉しかった。恐怖を拭きれなかった俺は、台所に立って夕飯の用意をしてくれる秋さんを後ろから抱きしめた。
すると「珍しいね。」と言って頭にキスをする。
「あれ。この痣、どうしたの?」
着替えた服の裾から覗く手首の痣。
ぎくり、と身体が動くが秋さんに悟られないように平然を装った。
「なんか、気づいたらできてた…。」
ちょっと苦しすぎるか?と思いつつもそのまま押し通す。お願い!スルーしてくれ!
なんて俺の願いも虚しく、手首に手を添えてまじまじと見つめられる。
「手形?!え、晃平くん、何があったの?!」
真っ青な顔で尋ねる秋さんに、常連客のことを全て話した。
「もー。だから言ったじゃん。特に常連さんなんて君を狙ってる人ばっかだって意識した方がいいんだからね?」
「…はい……。」
「本当はあの喫茶店辞めてほしいくらいだけど、そこまでは言えないし。」
すると秋さんの顔が近づいてきて首元をぢゅ、と強めに吸われた。
「んっ。」
「とりあえずはこれで見逃すけど。今度そんなことがあったら晃平くんにもお仕置きするからね?」
「は、はい……。」
秋さんの口角が僅かに上がって見えたのは気のせいだろうか。
それからというもの、キスマークのおかげで変なやつは近寄ってこなくなったが、店長と他のバイトには散々からかわれたのだった。
番外編 -end-
ともだちにシェアしよう!