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「大丈夫ですか?」
差し伸べられた手をとり、立ち上がった。
「はは、すんません。」
「いえ、大きな声が聞こえてきたから…。」
ぼそぼそと呟くように話す彼は、大きな身体を隠すように猫背で、髪の毛は伸び切っており、掛けている眼鏡は吐いた息で白く曇っていた。
こんな人地元にいたっけか。
記憶を総動員で働かすが、全然思い当たる人物が思い浮かばない。まあ細かいことはいいか。と落ちてしまったみかんを拾っていると「ああっ。」と急に彼が声を上げた。
「しまった。眼鏡が。」
キョロキョロと辺りを見渡す彼。どうやら俺のみかんを拾おうとして眼鏡を落としてしまったらしい。
みかんを抱えながらおろおろしている姿に、思わず笑ってしまう。
「あははっ、何してんの。はい、眼鏡。」
「すみません。あ、これ落としてたみかん、です。」
「ありがと。ねえ、おにーさんここの人?」
「いや、夏に引っ越して来ました。」
「どおりで!見たことないと思った。ここ何もないでしょ。冬なんて交通手段断絶されるからまじで覚悟した方がいいよ。」
からかうように返すと、彼は再びぼそぼそと話し始めた。しかし聞き取ることができず、俺はきょとん、と固まっていると「それじゃあ。」と残して彼は去っていった。
「おにーさーん!ありがとねー!」
大声で大きく手を振ると、びくっと肩を上げて何度もこちらにお辞儀を返す。その姿はなんだか気の弱そうな大型犬に見えて、俺はこの短い時間ですっかりおにーさんの事が気に入ってしまった。
「あの人、どこに住んでるのかなあ。」
それから、さくさくと小気味良い音を鳴らして家路に着くと、母さんが玄関の前で立っていた。
「あんた!遅いから心配したじゃないの!」と声を荒げて俺のダンボールを見ると、すぐに興味を示した。
「それ、どうしたの?」
「大橋さんからもらった。田中さん家でとれたみかんだって。」
「あらやだ。あんたちゃんとお礼言ったでしょうね。」
「言った言った。ちょ、寒いから早く中入れて〜。」
ぐいぐいと母さんをダンボールで押して玄関に入ると、纏っていた冷気が一気に溶けるのを感じた。
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