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プロローグ かわいい人
「隆文さーん!起きて!」
可愛くて愛おしい番の声が聞こえる。
「起きないと、ちゅーしちゃうからね!」
それには正直、嬉しいだけの感情しか湧かない。
にやけそうになる口元をしっかりと結び、寝たふりを決め込む。暖かい体温がもそっと近づいてきたらと思ったら、唇に柔らかな感触がふにゃりと押し付けられた。目を閉じながら彼の頭を抱え込む。
「うわっ!!!!」
「あはははっ!」
俺の胸へと倒れ込んできた恋人をがっしりホールドする。逃げ出すことなんてさせない、という確たる意思を持って。
「もう!やっぱり起きてた!」
頬を膨らませるその姿は、リスみたいで可愛い。
指通りのいい栗色の髪の毛をわしゃわしゃ撫でて、さっきのキスのお返しをしてやる。俺のは、あんな可愛さなど無い、えげつのないものだが。
「んっ、ふ、ん、んん!!!」
恋人は俺の肩を軽く叩いて抗議してくるが、お構い無しに甘い舌を絡み取り深く口付けた。色白で柔らかな肌だからなのだろうか、余計に頬の赤らみが目立つ。大きな瞳もうるうるしていて星が溢れそうになっていた。
「っ、ぷはぁ.....も、もう!朝からエッチなちゅーはダメ!!!!」
そういえば、ちゅーなんて言うんだな、やっぱり可愛い。そんな、くだらないことを思った。
「おはよう、透。」
「ん、おはよう!」
琥珀色の瞳は、朝の光のように優しくその輝きを霧散させてゆく。
――ああ、平和だ。
五年前には想像もできなかったような穏やかな朝。
俺の目の前で豪快にカーテンを開ける透を見て、気づかれないようにそっと息を吐いた。
季節は春。
彼と出会ったあの頃も桜が満開になる時期だった。しかし、きっと彼にとっては最も重たい季節だったはずだ。
あの日、桜の木の下に横たわる彼を見つけた時は、柄にもなく動揺を隠すことができなかった。俺の目に焼きついた、淡い薄桃ではなく美しいほどの赤に染まる桜の花びら。それは、紛れもなく彼の身体から流れ出る鮮血であった。
「透」
真っ白なリネンのカーテンが風でふわりと浮く。そして、それに守られるようにして透が振り返る。
「なあに?」
安心しきったふにゃっとした笑み。昔はこわばってなかなか見ることができなかった。それが今では、日常の一場面にしっかりと組み込まれているのではないだろうか?
「透」
もう一度、呼ぶ。
「隆文さん」
今度は俺の名前も音となって返ってくる。
「愛してる」
言えば、彼は嬉しそうに、そして、僅かな照れを含んだ笑みを溢した。
俺のかわいい人、この先ずっと今日のような朝を、君に捧げたい。
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