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第一章 二人寄り添って side 透

 僕の両親は二人とも男で、二人ともオメガだった。どちらもアルファの番がいたけれど、どちらも一方的に番を解消されていた。両親は互いの傷心を慰めるように結ばれて、そして、僕が生まれた。  幻想だと笑われるかもしれないけれど、僕には母親の胎内で過ごしていた時からの記憶がある。だから僕は、両親が僕の存在を喜ばしいものだと思っていたことをよく知っている。お腹の中にいた時と世界の色がまだよく見えない時に、両親の嬉しそうな声が聞こえてきたから。そんな記憶が確かにあった。  でも、僕が生まれて一年が経つ頃には、両親の発情期(ヒート)も再発して、それからは地獄のような毎日だった。番を解消されたオメガの発情期(ヒート)は酷く重い。そしてまた、精神をも蝕んでゆく。夜泣きが酷かった僕はいつも母(僕を産んだ男)から手をあげられるようになっていった。  生まれてから18歳になるまでの記憶を占領していた感情は「痛み」、ただそれだけだった。 「透、ごめんね。おまえを傷つけて。俺たちは親失格だ。ごめん、ごめんね.....」  僕に暴力を振るうのはいつも母だった。その日は学校から帰ってきて、ランドセルを六畳一間しかない部屋の隅にそっと置いた後、突然母に首根っこを掴まれて押し倒された。僕に馬乗りになった母から頬に平手打ちを食らった。そんな時間が無限に続いているように感じ始めた時に父が帰ってきた。父は慌てて母から僕を引き離し、いつものように謝った。それをぼんやりと聞き流しながら、父の腕の中で眠るのが僕の日課となっていた。狭くなる視界の隅で、窓の外をぼうっと見遣る母の姿を映しながら。 ーーー 「透、起きて。」  空気を求めて水面から顔を出すように意識は浮上した。大好きな人の声で。 「たかふみ、さん.....」  大好きな人の名前を呼んで手を伸ばせば、ぎゅっと抱きしめられた。 「怖い夢、見たのか?」 端正だけど男前な顔が心配そうに僕を見る。 「ううん。怖くはなかったかな、懐かしい夢。」 「そうか」 「でも、痛かった。」 「どこが痛い?」 「うーん、全身?でも、ここが、一番痛い。」 そう言って左胸をトントン叩いた。 懐かしいものは、いつも痛い。  隆文さんは「そうか」と小さく呟くと、僕の左胸にそっとキスを落として手を置いた。 「これなあに?」 隆文さんの手をちょんちょん指でつつくと、ふわりと笑われた。 「手当てだよ。」 「手当て?」 「ああ、これで痛くなくなる。」 「ん、たしかに。もう痛くないかも。」 隆文さんの体温がじんわりと染みて、傷口を塞いでくれているみたいな心地がした。   多分、僕がこんなに懐かしい夢を久しぶりに見たのは、昨日隆文さんの親友である佐伯さんの家でアオくんと言うオメガの子を診たからだと思う。番を解消されてぼろぼろになったアオくんに両親の姿を重ねてしまった。正直、アオくんを見捨てたアルファが許せなかった。そしてまだ僕は、自身の両親を見捨てたアルファたちも許せないでいた。  それで気持ちが荒んでしまった僕を、昨夜の隆文さんは大切に抱いてくれた。僕がわんわん声をあげて泣き続けても、隆文さんは穏やかな声音で「大丈夫だ」と言って背中を撫でてくれた。そして、今朝も手当てをしてくれた。  まだぼんやりしてしまう僕を見て、起こすことを諦めたのか、隆文さんも僕の横に寝そべった。そして、寝かしつけるみたいに僕の背中をトントンしてくれた。広いベッドが少しだけ賑やかになる。 「今日はお互い休みだし、のんびりしようか。」 「うん」 「今日は朝と昼一緒に食べちゃおうか。」 「うん」 「透」 「なあに?」 「大丈夫だ。」  僕はぎゅっと隆文さんに引っ付いて「あのね」と声を振り絞る。 「僕、お父さんとお母さんが好きだったよ。」 「ああ、知ってるよ。だから透は、ご両親を酷い目に合わせたアルファに怒っているんだろう?」 「.....うん」 「透は何も間違っていないよ。自分の気持ちを押し殺してまで、許さなくていいんだ。それに、同じようにご両親が好きだという気持ちもちゃんと持っていていいんだよ。」  両親も被害者なのだ。深く傷ついていたであろう両親を想えば、僕に残った気持ちは両親への愛しかなかった。けれども世間は、僕を傷つけたオメガの両親を人で無しと叩いた。その乖離が、僕を苦しめていた。  けれども、隆文さんはいつだって、そうして揺らいでしまう僕を受け止めてくれる。  日々、二人寄り添って。

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