大好きで安心できる香りに包まれながら、完全に起きるタイミングを見失ってしまった。そんな時に聞こえた言葉。 「今ある幸せも、この先の幸せも、全て君と共に享受することを。俺は君を一生裏切らない。ずっと傍にいる。透、君に誓うよ。」 　そして、左手の薬指に細やかな冷たさが走る。けれども心は暖かくなってゆく。閉じた右目の縁からほろりと涙が落ちる。これで、もう僕が起きていることは隆文さんにばれてしまっただろう。 「透？起きたのか？」 (ああ、やっぱり気付かれちゃった....) 溢れた涙を拭ってくれる手に擦り寄る。外科医として沢山の人の命を救う手。でも、僕に触れる時はより一層優しくなる。そんな彼の手が好きだ。 「うん。おはよう。」 「おはよう。....その、えっと、どこから聞いてた？」 　珍しく歯切れの悪い隆文さんに、クスッと笑いが溢れた。なんだか、さっきプロポーズされた僕よりも照れて赤くなっている姿が可愛い。 「僕と、死ぬまで一緒に生きてくれることを誓ってくれたところから。」 「そうか....」 「うん。」 「返事を訊いてもいいか？」 「うん。」 僕はベッドの端に腰掛けたままでいる隆文さんに抱きついて、彼をまたリネンのシーツの海の中へと引き戻す。大きくて頑丈なベッドが少しだけ軋む音がした。寝室には隆文さんと僕しかいないけれども、それでも誰かに聞かれないように、僕と密着した彼にしか聞き取れない声で応える。 「僕も、生涯あなたを裏切ることはしません。」 　彼は、ふっと息を小さく吐いて、それから微笑んだ。 「透、ありがとう。」 「隆文さん、こちらこそ、僕をあの日桜の木の下で見つけてくれてありがとう。それから、ずっと支えてくれてありがとう。僕も、これからは、あなたと死ぬまで添い遂げて、あなたを支えます。」 「透がいてくれたら心強いよ。」 「僕も。隆文さん、愛しています。」 その先は、言葉を紡ぐことができなかった。彼に唇を奪われて、僕も夢中で応えていた。 「あっ、ねえ、抱いてほしい.....」 「朝からいいのか？」 「うん、今抱いて。......隆文さんはしたくない？」 「いや、おまえを抱きたいよ。」 　試しに煽るように見上げれば、予想以上に真剣な眼差しで求められてしまった。できれば昨夜の失態も拭いたいところだ。 「昨日のことはあまり思い悩まないで欲しい。」 「え....？」 僕の考えていることは隆文さんに筒抜けであった。 「おまえのことが大切なんだ。だから、あまり一人で抱え込むな。」 やっぱり隆文さんに出会ってから、僕の涙腺は馬鹿になってしまったみたいだ。また涙が溢れて止まらなくなってしまう。 「ああ、そんなに泣いたら目が溶けるぞ。」 「うっ、で、でも、うれしかった、から....」 ぽんぽんと背中を撫でられながら、暫くの間は逞しい彼の腕の中で泣いていた。その後は、ゴムの封を口で切った彼をかっこいいな、なんて眺めているうちにあっという間に快楽の波に飲み込まれてしまったのだった。 ーーー 　もう太陽が一番高い所まで昇りきった頃、僕たちは寝室で二人寝転がっていた。 「ふふっ。お揃いだね。」 「ああ。」 窓から差し込む光に反射してきらきらと輝く輪を、改めてじっくりと見る。顔の前に翳して、その馴染み方を楽しんでいたら、隆文さんも同じように手を翳して見ていたから嬉しくなった。精巧に彫られた月桂樹の葉は、彼の誠実な人柄を表しているようにも感じられた。 (僕、プロポーズされたんだなぁ。) 　頬を優しく引っ張られた。隣を見遣れば、隆文さんがニヤッと笑っていた。 「緩んでる。」 「だって、嬉しいんだもん。」 「そうか、でも、俺より大切そうにしないでくれ.....」 僕がその言葉に驚いて固まっていると、隆文さんはみるみる内に真っ赤になってしまった。 「ふはっ。もしかして指輪に嫉妬してるの？」 「うるさい。」 照れ隠しなのか、彼は僕に背を向けてしまった。 「ごめんってばぁ。ねえ、お願い。こっち向いて、寂しいから。」 「ん。」 そう言えば、すぐに僕の方へと向き直って強く強く抱き締めてくれた。 「指輪も嬉しいけど、隆文さんが一番だよ。」 「そうか。」 「さっきも言ったのに。忘れちゃった？」 「いいや、何度でも聞きたいだけだ。」 随分と甘えたな彼も可愛い。 「「幸せだなぁ。」」 重なった想いに、僕たちは顔を見合わせて笑った。 彼から無限に注がれる甘い愛は、僕の傷だらけだった身体や心を修復させる水源となってゆく。 だから、僕も僕自身の愛を彼に返していきたい。 僕のかわいい人、この先ずっと今日のような日々を、貴方に捧げたい。 『傷つくだけの恋ならいらない』おわり