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二人寄り添ってside 隆文
どうしたものか。バスルームでの交わりは、結果的に透の心を傷つけるものとなってしまった。二人だけの寝室でシーツを頭から被って出てこない透は、きっと泣いているのだろう。投げかける言葉が分からなくて、シーツと一緒に小さくなった彼を抱きしめた。
「ごめん、透。配慮が足りていなかった。」
腕の中でぴくりと彼が震えたのが分かった。
お互いがお互いの熱に浮かされて、高みに到達しようとした時に、透は俺のことを突き飛ばしたのだった。想定外の衝撃に、深い交わりも解けてしまった。そして、透も俺も熱を放出することはもちろん無く、暫く沈黙の中にいた。
明らかにやってしまったと後悔し青褪めた顔をした透を見て、嫌な予感が走った。
「あ、ご、ごめんなさい.....」
「いや、気にするな。それよりも、おまえが心配だ。」
熱いシャワーが降り注ぐ中、震えている透を抱き抱え、手早く身体を拭いてやりバスローブを着せた。透は小さな声で「ごめんなさい」と再び謝罪をすると、寝室へと逃げ込んでしまった。
そして、今に至る。
「その、避妊を怠った俺が悪い。おまえの気持ちを知っていたのに。本当にごめん。」
シーツ越しに謝罪を重ねる。番になる時を除けば、俺は今まで一度も彼の中に出したことはない。透は子どもを身籠り育てることに不安を抱えていた。その不安
を理解しているつもりだった。そしてそれは、彼の過去を考えれば根深い傷にもなっている。それなのに、俺はいっときの情欲に流されて、彼を恐怖に陥れてしまったのだ。あまりにも軽薄だった。
「.....がう、.....ない」
か細い声が聞こえた。
「え....?」
透が僅かにシーツから顔を出す。琥珀色の美しい瞳は、涙に濡れて痛々しかった。
「ちがう、隆文さんは、悪くない。発情期でもないし妊娠だってまずしない。これは、ぼ、僕が、乗り越えられて、いないから、ふっ、うっ、だから、ぼくが、ごめんなさい、ごめ、なさい....」
そう言って身体を震わせている透は、必死に嗚咽を抑えているようだった。
「透!大丈夫、大丈夫だから。もう謝らないでくれ。俺がおまえの気持ちに寄り添えなかった落ち度がある。透は悪くないよ。」
「で、でもっ!!!」
「いいんだ。ゆっくりで。俺たちは俺たちのペースで行こうじゃないか。それに前にも言っただろう?俺は透が傍にいれば、あとは何だっていいんだよ。」
透は俺の胸に顔を埋めて、密やかに泣いていた。そうやって声を押し殺して泣く癖がある彼に、確かに痛む心はあったが、彼が安心してくれるまで背中をぽんぽんと撫で続けた。その内に、透は俺の腕の中で小さな寝息をたてて眠ってしまった。
「愛しているよ。」
あどけない寝顔にそっと告げた。
ーーー
寝室の壁にくり抜かれた大きな窓から、きらきらとした光が差し込んでいる。その色は何となく、俺の腕の中で眠る恋人の、今は伏せられて見えない瞳の琥珀に似ている。
指通りの良い髪をさらりと撫でれば、彼の表情が僅かに緩む。昨夜、あんなに泣かせてしまったのに、俺が撫でただけで幸せそうにする。その顔を見る度に、どうしようもなく愛おしいこの子を、俺の一生をかけて愛し抜こうと決意を新たにするのだった。
色素が薄く繊細な彼の左手を取る。更にほっそりとした指先に一本一本キスをした。親指、人差し指、中指、小指。そして、最後に薬指。
「今年は桜を見逃したな。来年は一緒に見たいよ。悲しい記憶の方が多いかもしれないけれど、俺にとっては透と引き合わせてくれた大切な場所なんだ。」
ぐっすりと眠っている恋人に話しかける。彼の首筋から、ほのかに芍薬の花の香りがする。そう言えば、季節もまた芍薬の花を咲かせる頃合いだ。この香りは、透と俺の幸せな生活を確かに約束してくれるものだと信じている。どうか、彼も俺の香りから、この先にある幸せな未来を感じ取ってくれないだろうか?
「今ある幸せも、この先の幸せも、全て君と共に享受することを。俺は君を一生裏切らない。ずっと傍にいる。透、君に誓うよ。」
もう一度、彼の左手の薬指にキスを落とし、その指に指輪を通す。それは、全ての誓いを込めた結婚指輪 。彼の白い指を際立たせるように佇むゴールドのそれは、縁の全周にミル打ちが施され、中央の全周には月桂樹の葉が刻印されている。
――私は死ぬまで変わりません
死後もきっと変わらないだろうけどな、と自分の執着心に思わず笑ってしまう。そして、愛しい彼が早く起きることを心待ちにしているのだ。
目覚めた彼は、驚くだろうか?
(最終章 終わり)
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