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ダブルベッドの上で大の字になって、芳賀は薄暗い天井を睨んでいた。シャワーを浴びた躰からはほのかな石鹸の香りしかしないはずなのに、自己嫌悪が泥のようにべったりとまとわりついていた。首をひねってサイドテーブルの置時計を見ると午前1時を回っていた。もう終電は出てしまっている。嫌がらせのために帰ってしまおうかと思っていたが、タクシー乗り場で並んだ挙げ句数千円払うのかと思うとうんざりした。そもそも、今帰ったところでやってしまったことに変わりはない。もう何度もそう思っては関係を切ろうと決意するのだが、誘われると付き合ってしまう。
浴室のドアが開き、バスローブに身を包んだ日比野が出てきた。しなやかに伸びた手脚にちょっと日本人離れした容貌のせいか、そんな格好も板についてしまう。こんなのがスーツ着てオフィスに居たら、そりゃ若い女子はキャーキャー言うよなあ、と芳賀は今さらながら納得した。
日比野はマホガニー調のテーブルに置かれたシガレットケースを取り上げる。
「吸うか?」
「いらない」
日比野は椅子に座り煙を吐いた。ほのかなヴァニラの香りが芳賀の鼻腔をくすぐる。
「お前の偽善者ぶりには反吐が出そうだ」
寝そべったまま芳賀は言った。
「奥さんと子供がいる癖に」
日比野は灰皿を引き寄せ、灰を落とした。
「セックスした後で言う台詞かね」
「……」
図星なので反論できない。せっかくの金曜日をどうしてくれると文句のひとつも言うつもりで呼び出されたホテルに向かったのに、部屋についた途端だらしなく要求に応じてしまうなんて、情けないにもほどがある。
「香江子と子供たちは初見の家に行ってるよ。お祖母様にまだ赤ん坊を見せていなくてね。もう九十過ぎで車椅子だが、頭はしっかりしてる」
「不倫相手」に話す内容とは思えない家庭の事情を語ると、もうぬるくなっているはずのワインをグラスに注ぎ、一口飲んだ。
「実は、君に会って欲しいひとがいてね」
「はあ?」
起き上がった芳賀に日比野は一枚の写真を渡した。どこかの公園で撮影したものらしく、白い薔薇のアーチを背景に、スカイブルーのワンピースを着て微笑んでいる若い女性が写っている。
「神奈川支社長のお嬢さん、ことし26になる。大学を出てから大崎商事に勤めているが、出会いが無いそうだ」
「今どき20代半ばなら独身の女性も多いだろ。俺の部下だって」
日比野は意味深な笑みを浮かべるだけだった。要するに出会いがない云々は口実で、とにかく芳賀に引き合わせたいのだろう。
ものすごく好みの顔というわけではないが、嫌な感じはしない。目鼻立ちははっきりしているのに素朴な雰囲気で、田舎の育ちの良い御令嬢といったところか。
「一応訊いておくが……怒るなよ?」
「何」
「お前のお古じゃないよな」
日比野は空になったワイングラスを置いて席を立ち、芳賀の隣に寝転がった。スプリングがきしみ、日比野の足から離れた白いアメニティのスリッパが放物線を描いてテーブルの下に落ちた。
「俺は香江子ひとすじだよ」
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