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 都心にあるホテルのラウンジに待ち合わせ時間より三十分も早く着いてしまった芳賀は、普段行くようなコーヒーチェーン店と客層があまりにも違うので、すっかり気後れしてしまっていた。和服姿のマダムが何人も居るし、カジュアルな格好をしている人々も、量販店のものではない仕立ての良い服を着ている。  誰もが名前を知っている一流ホテルに行くことそのものは、日比野の呼び出しのお蔭で慣れている。よく教育されたベルボーイにそれとなく誰何されても、会社名と急な出張で書類が入り用になったとか尤もらしい言い訳をするのも上手くなった。しかし、真っ昼間のロビーはあまりに明るくて、なんだか気後れしてしまう。  初顔合わせの日取りも場所も芳賀の服装さえも、全て日比野がお膳立てした。芳賀には過ぎた相手だし、日比野が半ば強引に引き合わせようとしているのだから、それくらいやってもらっても罰はあたらないだろう。しかし第一印象はともかく話しているうちにボロが出てくるのではないだろうか。まあそうなったら初めから住む世界が違うんだ馬鹿、と日比野に堂々と言えるから別にいいのか…… 「あの、芳賀さんですか?」  話しかけられて芳賀は面喰らった。写真の女性が目の前に立っていた。見つけたらお前のほうから声をかけろと日比野に言われていたのに、いきなりしくじっている。 「わたし、高浜未央です」 「あっ、芳賀……尚祐(なおひろ)です」 「お待たせしてしまったようですみません」  撫子色のワンピースに白いカーディガンを羽織った未央は頭を下げた。 「いえ、僕が早く来すぎてしまったんです。慣れない場所でなんでも珍しいものですから、きょろきょろしてしまって……」 「あら、わたしも。あっちに素敵なお花屋さんがあって、つい眺めてしまいました」  未央が振り返った方には、たしかに大ぶりの花を並べたショーウインドウがあった。老舗の高級ホテルらしく、奥の一角には花屋や洋品店、理髪店や美容室が軒を連ねている。 「花、好きなんですか?」 「詳しくはないんですけど。道端に小さな花が咲いていると、つい見ちゃいます」  恥ずかしそうな笑顔に、芳賀はつられてすこし笑った。 「……立ち話もなんですから、入りましょう」  日比野の指示通り、芳賀は未央を連れてラウンジに足を踏み入れた。予約をしていたからスムーズに窓際の席に案内される。雑誌などでもよく取り上げられる日本庭園が一望できる。 未央は感激して、アフタヌーンティーのセットが運ばれてくるまで、窓側に躰を向けて初夏の風に揺れる木々や水しぶきをあげる人工の小川に見入っていた。 「高浜さん、来ましたよ」   三段のティースタンドに並んだスコーンやフルーツタルトは陳腐な言い方をすると宝石のようにきらきらしていて、未央は食べるのが勿体ないと呟いていた。それは本心からの言葉のようで、支社長の令嬢と聞いていたのに意外にも庶民的なのかなと芳賀は思った。しかしスマートフォンを取り出して撮影するわけでもなく、質素かつ堅実に育てられた印象だった。

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