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 月に1、2度日比野は芳賀を会社近くのフレンチレストランのランチに連れて行くので、女子社員の噂の的になっている。  ……美形で人望もある日比野課長は次期社長候補の専務(創業家ではないが古くから会社を支えている一族である)に疎まれていて、北海道支社に飛ばされそうになっている。そこで芳賀係長を専務に取り入らせて情報収集をしている、云々。  芳賀が埼玉支社にいたときに支社長だったのがこの専務だった。気さくな人柄でヒラの社員でも声をかけていた。今でも顔を合わせると多少の雑談はするが、それが自分の知らないところで尾ひれどころか壮大な物語になってしまっているので、芳賀は驚いている。そもそも彼自身は派閥争いには興味がない。誰が社長になろうと、日比野が北海道に飛ばされようと、どうでも良いが、とばっちりは受けたくはない。  しかしそんな噂を日比野は逆手に取っている。フレンチレストランはフェイクであり、本当に内密の話がしたいときは、会社から10分ほど歩いたところにあるチェーンの蕎麦屋で待ち合わせるのだ。会社の3軒先の商業ビルには同じ蕎麦屋の別店舗があるから、わざわざ10分も歩いて同じ蕎麦屋に行く物好きの社員はまずいない。それに昼時の店内はいつも混雑していて店員が声を張り上げているから、多少の会話はよほど注意していないと他人には聞き取れない。 「それで?今度はいつ会うんだ」  日比野はコロッケそばしか注文しない。別皿で提供されるコロッケを早々に汁の中にぶち込んで半分崩し、蕎麦と一緒に口に運ぶ。日比野みたいな身分の人間(課長としての給料以外にもよくわからない役員報酬とか色々貰っているだろう)は一人前で野口英世でも足りない値段のざる蕎麦を食ってそうなのに、彼は実に美味そうにこのコロッケそばを食べている。 「再来週……」 「すこしは気が合いそうか?」 「どうかなあ」  ホテルのラウンジを出て日本庭園をぶらぶらし、その日は別れた。また会ってくれるかと訊ねると未央は応じてくれたが、果たしてどのような感情があるのだろう。芳賀と同じように形式的に数回会って自然消滅すれば良いと考えてくれていたら後腐れがないのだが。 「一度会ったくらいじゃまだわからない」  日比野に感想を訊かれたらどう答えようか、数時間かけて考えた台詞を芳賀は言ってみた。交際が続こうと消滅しようと、どっちに転んでも無難な返事のつもりだった。 「うん、そりゃそうだ」  日比野は蕎麦をあらかた食べてしまって、汁に溶けかかったコロッケの破片をレンゲですくって啜っている。子供みたいなことをしているなと芳賀は思った。 「どこで会うんだ」 「新宿駅で待ち合わせだけど、そこから先はまだ考えてない」 「新宿御苑に行くか、映画館か……まあそこから電車で移動したっていいんだが」  すっかり日比野に仕切られているが、好きにやらせることにして芳賀はかき揚げを食べた。 「10も離れていると、好みが全くわからないね」 「あいつは年の割には落ち着いているから、そこまで気を使わなくていいさ」  芳賀は妙な気分になった。知り合いの娘を紹介しているにしては、どうも距離感がおかしい。多少の交流とは言い難いほど親しい感じがする。 「知った風な口をきくじゃないか。もう一度言うけどお前の浮気の後始末なんか御免だからな」  かまをかけてみたものの、日比野は涼しい顔でスマートフォンを眺めて「都庁の展望室なんてどうだ?」などと言うのだった。  そういえばこいつは嘘をつくのが上手かった。ちょっとやそっとのことで本音を言う奴じゃない。  日比野は会議があるからと先に店を出て行った。食器はセルフで返却口に持っていかなくてはいけないのに、テーブルに置いたままである。わざと忘れたふりをしているんじゃないかと苛立ちながら芳賀は食器を片付けた。

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