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 日比野は社屋につくと芳賀を伴いエレベーターに乗り込んで12階のボタンを押した。芳賀も数えるほどしか行ったことのない、役員室ばかりのフロアである。課長とはいえ日比野は会社の株もそれなりに所持しており、事実上は役員待遇なのだ。本人はそんな素振りは見せないけれど、いたるところで他の課長とは異なる扱いを受けている。  12階の廊下はオフィスフロアとは異なる重厚感のある壁に囲まれて、照明も落ち着いたオレンジ色の光を放っていた。日比野は一足飛びに昇進して、いずれこのフロアで仕事をすることになるのだろう。彼は自分とは違う世界の人間なのだと芳賀は痛感した。  カードをかざして入った部屋には、社員の更衣室にあるそれの2倍近くの幅がありそうな木製のロッカーが並んでいた。日比野がそのひとつを慣れた様子で開けると、ハンガーに様々な色のネクタイが、20本ほど掛かっていた。芳賀の家にはこの半分ほどしかない。もちろん、これが日比野の持っているすべてという訳ではなく、あくまで急用で使うのであろう。その証拠に黒無地のネクタイもあった。 「これなんかどうだ」  手渡されたのは、ローズピンクの地にネイビーとシルバーの細いストライプが入ったネクタイだった。 「こんな色、つけたことないな」 「なおさらいいだろう。着けてみろ」  言われるがままに芳賀は自分の緑色のネクタイを外し、日比野に渡されたネクタイを着けた。手持ちの中では値段が張ったものを選んだつもりだが、日比野のネクタイは格が違う。手触りが良いし光沢も美しい。 「うん、よし」  日比野は満足げに言うと、ロッカーの扉の裏に取り付けられた鏡を指さした。 「やっぱりピンクなんか嫌だよ。お前にはぴったりだけどさ」 「そんなことない。似合ってる」  これ以上の反論は許さないつもりなのか日比野は芳賀の手から緑色のネクタイを取り上げるとロッカーに放り込み、扉を閉めて鍵をかけてしまった。  抵抗しても無駄だし仕事に戻りたかったので、芳賀はもう逆らわずにジャケットのボタンを掛けた。 「それ、ホテルに忘れてもいいからな」 「……行かねえよ」  日比野は笑って芳賀の背中を叩いた。

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