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第23話

 いつの間にか、部屋の中が暗くなっていた。  外を見ると、雲が和紙のように透け、闇夜にかかっている。    その時、こちらを気遣うようなノックの音が二回響いた。 「真。起きてるか。唯人が帰って来た。ちょっと下で話さないか?」 「ごめん。そんな気持ちになれなくて……明日じゃだめかな?」 「先生も言っていただろ?早い方がいいって」  その瞬間、俺はカッとなり、近くにあった目覚まし時計を手に取ると扉に投げつけた。  時計は壊れずに床に落ちたが、大きな音が響いた。 「どうして、堕ろすって決めつけんだよっ。まだ俺、なんも言ってないのに」 「そんなつもりじゃ」 「いいから。一人にしてくれっ」  重苦しい沈黙が続いた。 「また、後で来るから」  階段を降りていく父さんの足音が聞こえる。  俺はベットにうつ伏せになると、ぎゅっと目を閉じた。 「最低だ。俺」  父さんに八つ当たりをした。  赤ん坊を産んで育てる覚悟なんて、俺の心の中を必死に探したってどこにもないのに。  当たり前だ。  俺はつい最近まで自分がオメガだということすら認めていなかった。  産むことができないなら堕胎するしかない。  そして決断は早い方がいい。  分かってる。  分かっているけれど。  俺は座り込むと両手を腹にあてた。  一粒の涙が頬の上を滑り落ちた。 「おいっ、真。ここ開けろよ。起きてんだろ」  ふいの樹の荒々しい声に俺は身を固くした。  今日は到底樹に会うような気分じゃなかった。 「帰れよ」  俺も大声で怒鳴り返す。 「開けろって」  扉を拳で強く叩く音がした。 「帰れって言ってるだろ」  露骨な舌打ちと、去っていく足音。  俺は布団を頭からかぶると、大きく息を吐いた。  目を閉じ、耳を塞ぐ。  もう、もうっ、全部嫌だ。  絶望がひたひたとすり寄ってくる予感に身を固くしていた俺は、ふいに部屋の温度が下がったのに気づいた。  上体を起こすと、布団が肩からずり落ちる。  顔を上げると、窓から入って来ようとしている樹と目があった。

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