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むかし――とある山間の小さな村のとある夫婦のもとに、それはそれは世にも珍しい・・・黒髪に黒目の両親とは似ても似つかぬ、水色の大きな瞳と頭髪を宿した、真綿のように色の白い男の子(をのこ)が授かったのだったが――。
だが、外見の異端さもなんのその。このやっと授かった一粒種にテツヤと名付け、目に入れても痛くないほどに可愛がる夫婦や祖母を見るにつけ。
最初は彼ら一家を奇異の目で眺めていた村人たちも、この赤子にしては驚くほどおとなしくしかも影の薄い子に興味津々で。
その誰もが初めて見る、鮮やかな晴れ空色の瞳や髪を一目見ようとこぞってテツヤの家を訪れては・・・。
――この子は本当にお前さんが生んだのかとか。ヤヤコができてからなにやら変わったことなどないかだとか。実は物の怪の子だったりするのではなどと・・・子を大事に慈しむ親を目の前に、あることないこと好き放題に言いながらも。
だがそれでも。こんな子、不吉だから山に捨ててしまえだとか、川に流してしまえだとか言われないだけまだましかと。
心無い言葉や、テツヤを奇異な目でねめつけるその不遜な視線にも耐えてきたのだったが。
――それはテツヤが5つになる冬のこと。
なぜかその年に限って、新年を迎えたそうそういつになく寒波が厳しく、そして長く続き。
ここら一帯で暮らす人々の備え以上の雪が村中を覆い尽くしたせいで、老人や幼子など体力のないものからバタバタと床に伏し村中を不安のどん底に叩き込む。
・・・が、けれども。家の屋根よりうず高く降り積もっては、人々の営みを阻害する雪を前にしては――決死の覚悟で町まで医者を呼びに行っても、往診を断られる始末で。
となればこのまま・・・人々が村に閉じ込められたまま、なおも寒波が緩まぬようであれば・・・床に伏しているものたちばかりか、村全体が雪に押しつぶされやがて全滅してしまうに違いないと――恐怖に駆られるあまり。
きっとこの突然の凶事は、なんらかの理由で(敢えて口にしなくとも、みな心の中であの・・・誰もみたことがない珍しい外見をした幼子のことを、原因として思い浮かべていたが)山神様がお怒りになられたからに違いない。
・・・しかるに。その怒りを鎮めていただくためには、それ相応の対価・・・生贄が必要だろうと――。
命がかかるほどの危機的状況に置かれると、こうもかんたんに人を血迷わせ、道を踏み外させるものなのか・・・。
村長のもとに集っていた男衆があろうことか・・・集団心理に駆られた興奮状態のまま。
一睡もせぬまま朝をむかえ、そして空が白み始めたと同時――かの忌み子を育てる一家を襲撃。
伏して、あるいは泣いて赦しを乞う彼らから無慈悲にも幼子を奪うと――。
もうすぐそこまで迫り来る非業の運命を肌で悟ってか。はたまた愛してやまない大事な家族たちが、鬼のような形相をした男たちに殴られ蹴られながらも・・・それでも自分を取り返そうと追いすがる姿に、ひどく胸を痛めたか。
「ととさま、かかさま・・・ばばさま――やぁぁ!!」などと、細い声を必死に張り上げ呼ばわり、泣き叫ぶ――が、けれど。
その身を切るような慟哭もやがてすぐに男の大きな手で塞がれて聞こえなくなり。
さらには。大の大人の男たちの健脚でもぎりぎりの・・・ましてや。たった5つかそこらの子の脚では絶対に戻ってくることのできぬ・・・尾根伝いの竹やぶの中に、悲鳴とともに呼気を阻害し気絶させた童を・・・。
「山神様――これでどうかお怒りをお鎮めくださいまし」と念じつつ。
すっかり雪に覆われ正確な位置はわからぬが・・・祠があったと思しき辺りに見当をつけて、意識を失ったままの小さな身体を、冷たい雪の上に直に横たえその場を後にする。
そして一方――役割を分担したもう一方・・・攫われた子を一刻も早く取り戻そうと、大雪も寒さも厭わずすぐさま外へ飛び出そうとするだろう家族たちを、縄で縛って引き留めている仲間たちのもとへととって返し。
怒りと寒さと絶望に打ち震えながらも、思いつく限りの呪詛を吐き散らす父親や。
繰り返し、何度も何度も愛し子の名を呼びながら「お願いです・・・テツヤを、あの子を返して!」と泣きながら乞い続ける母親や。
こんな事態になっているからには、なにがあろうと孫が帰ってくることはないであろうことを悟り。けれどこのあまりに過酷な現実を受け入れられず、ひたすら茫然自失する祖母や・・・。
そんな彼らの尋常でない様子に多少なりと罪の意識を覚えつつも――けれどそれでも大勢の命を救うには、山神様の怒りを鎮めるにはこうするより仕方がなかったのだと。
この村でこれからも暮らしていくつもりでいるなら受け入れるしかないのだと。
万一命が助かったとて、あんな忌み子・・・虐められたり気味悪がられたりと、苦労するばかりで幸せになどなれなかっただろう。だがそれでもこの運命を恨むというなら、青い目青い髪をした鬼子を産んだ自分たちを恨み責めるべきで、オレたちは何も悪くなどないなどと――そんな具合に言い訳・・・または体のいい責任転嫁をさんざんして時間を稼いだのち。
「どのみち・・・運よくあの子を探し出せたところで、とっくに凍え死んでお陀仏になってるたぁ思うがな」
などと何とも卑劣な捨て台詞を残し、日が沈むのを待って土足で踏み荒らした村はずれの一軒家を後にする――。
・・・とそんな、あまりにつらく悲しい出来事が起こった同じ夜。
もうあとわずかで日付が変わろうかという頃――。
「人間どもというのはときに――オレたち妖怪よりよっぽど強欲だし、残酷で・・・むごいことをするものだ」
出来れば命を助けてやりたかったが、間に合わなかったかと。深い嘆息とともにひとりごちながら、凍え切った小さな躯をそっと雪の上から抱き上げて。
「こんなに小さくか弱い子が、雪山に一人きりで・・・どんなにか恐ろしく心細かったことだろう」
「・・・ああ、どうしよう。なんともかわいそうなことを・・・」
月明かりに照らされキラリ光を反射した、頬にはりつく涙の結晶をいたわし気にそっと指でぬぐった後。
「――この子の両親や祖母の方はお前たちに任せるから、後のことは頼んだよ」
「夜が明け次第、早速に」
「そうしてやってくれ。この子もきっと喜ぶ」
「それでせめてもの・・・その無残にも命を落としてしまった稚児への罪滅ぼしになればよいのですが」
「そう思うなら・・・これからは夫婦げんかもほどほどにな、雪女」
「肝に銘じます。それにしても・・・このたびはわざわざのお運び、かたじけのうございました」
「お前の夫であるだいだらぼっちも(人間たちからは山神と認識されている)たいそう恐縮していたが・・・仲間が困っていれば手を貸すのは当然のこと。気にするなと伝えておいてくれ」
「ありがたきお言葉、しかと伝えます――ときに総大将様」
「なんだい?」
「この惨事を引き起こした村の男衆はいかように」
「お前たち夫婦の縄張りで起きたことだ。煮るなり焼くなり凍り漬けにするなり・・・好きなようにすればいい」
「よろしいので?」
「生きている人間なら、お前たちの手に余ることもないだろう」
「ごもっとも。・・・では後々のことは帰って主人と相談することといたします」
「ああそうしてくれ。・・・・・・さてでは、そろそろ行くとするか・・・・・・鵺!」
「わたくしからも、その幼子のことくれぐれもお頼み申します」
「ああ、しかと――」
“総大将様、どうかお助けくださいまし!“と血相を変えて赤司のもとへ駈け込んで来た雪女と。
そしてこの事件の一部始終を見ていた・・・通報者でもあり道案内役でもある野狐を伴い、鵺の背に乗って彼らの住処であるお山に馳せ参じ、用件をすませると。
あとはもう・・・それぞれに別れおのおのの寝屋に帰っていく彼らに代わり。夜目にも、雪の反射にも鮮やかに映える紅赤色の羽織の懐中にさも大事そうに、そっと抱かれた・・・すっかり凍てつき硬くなった小さな躯とともに、ふかふかの冬毛に埋もれるように跨ると。
ヒョーヒョーと澄んだ声でどこか物悲し気に鳴きながら、下弦の月が煌々と照らす夜空を翔ける従属とともに一路――千年もの長きに渡り根城と定め続ける本拠を目指す。
(強固な決壊が張ってあるため人間たちは目にすることはおろか、敷地のそばに近寄ることすら叶わぬが。とある森の中に建てられた公家屋敷(総敷地面積=3500坪ほどもあるので最早御殿である)が、妖怪の総大将たるぬらりひょんの本拠となっている)
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