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*****  「――――ん、」 「やあ、やっと目覚めたね・・・気分はどうだい?」  数百年ぶりという秘術を施してから三日経っても指一本動かさず、布団に横たわったきりの小さな躯を眺めつつ。 『まさかまさか、このオレが仕損じるなど』あるはずもない・・・が。 ならばなにが悪かったというのか。なぜにこの子は未だ目覚めないのか・・・あんなにひどい目に遭わされたにもかかわらず、もしやこの世にまったく未練がないとでもいうのだろうか。悔いがなかったなどあり得るだろうか・・・などと自問自答していた矢先。  のんびりにもほどがあるというか。本来ならほんの数刻で目覚めるはずが・・・三度も日を跨いだ後ようやく再び意識を取り戻し・・・てはみたものの。 なかなか焦点の合わない虚ろな寝ぼけ眼でもって、優しい声で案じるように己の顔を覗きこんでくる、彼の人が纏う羽織と同じ紅赤色の瞳を――生まれてこの方初めて目にするレベルの、圧倒的な美貌の持ち主を『こんなに凛々しくて、しかもキレイな人がいるんだ』と感心交じりに、そして眩し気に見上げつつ。 「ど・・・して? さむく、ない」と、起き抜けなのがまるわかりのたどたどしい口調で発し・・・。  ――その命の火が消える寸前の記憶を、ついさっき起こったことのように脳裏に甦らせながら。 そう、あのとき確かに「もうダメだ」と天命を悟ったはずだった・・・なのに。 いつの間に温かい布団に寝かしつけてもらったのだろうかとか。 そもそも本当に自分は助かったのだろうか、ちゃんと生きているのだろうかとか。 となると・・・もしやこの人が自分を探し出し助けてくれた張本人、恩人だろうかとか。 いや、そもそもここはどこだろうだとか。両親や祖母はどこでどうしているのか、またひどい目に遭わされていないかなどと、怒涛のように幼い頭の中を疑問が駆け巡るのに。 まだあまりに幼いせいで、どれ一つ・・・うまく言葉にして発することができぬまま――。  さも不思議そうに、さらには困惑したように・・・複雑な表情を浮かべつつコテンと首をかしげてみせるその・・・子猫にも子ウサギにも例えられそうな愛らしい外見もさることながら。 その大きな水色の瞳に宿る理知の光は、見下ろす幼子が相当に聡い子であることを知らしめている。とくれば・・・やはり判断は間違っていなかった、この子を助けて正解だったと得心しつつ。 「ああそうだ。もう二度とあんなにつらく恐ろしい目になど・・・オレがそばに在る限り遭わせなどしない」 「ほんと・・・?」 「ああ本当だとも。約束しよう」  だから安心しなさいと。微笑みかけながら小さな水色頭や、ぷくぷくのほっぺをいたわるように撫でてあやし。 「――して、お前の名は? なんという」  あまりの心地良さにうっとりと目を閉じ。ついつい気を緩し、はふと吐息まで洩らしてみせる懐きっぷりに『本当にいい拾いものをした』と気を悦くしながら尋ね。 そして。 「テツヤと申します・・・・・・あなた様は?」 「オレの(真)名は赤司征十郎という。が、ただし。その名を知るものは、世間広しと言えど数えるほどしかいないが」 「・・・・・・どうして?」 「世間・・・人間どもはオレをぬらりひょんと呼び、仲間の妖怪たちは総大将様と呼ぶからさ」 「なかま・・・の、ようかい?」 「そうだ。オレも、そして今日からはお前も・・・人間ではなく妖怪だ」  雪山で拾われてからこちら、未だ自身になにが起こったか、どう変わったのか・・・まったく状況を把握できていない幼子に、いよいよ事の経緯を説明する段になったのだが――。  「ボクも・・・?」 「ああ。オレがテツヤを雪山で見つけたときにはとっくに、お前のココ――心の臓は止まってしまっていたんだ。だがそれならばと、オレができるやり方で・・・妖怪として・・・座敷わらしとして甦らせて、お前を助けることにしたんだ」 「座敷わらし・・・」  小さな身体を覆う布団の上から、ぴたり狙いを定めるように――心臓の真上に中てられた人差し指をしげしげ眺めつつ、初めて聞くモノノケの名を噛みしめるように口にしてみせた童の表情には。 「妖怪の・・・オレたちの仲間になどなりたくなかった?」  どこにも不快な感じなど見うけられぬ・・・が、それでも。一応念のため質してみたところが。 「違います。そうじゃなくて」 「ん?」 「座敷わらしってどんな妖怪なのかなって」 「テツヤは座敷わらしを知らない?」 「初めて聞きます・・・雪女のお話しや山姥のお話しなら、ばば様に聴かせて―――ああ!? ばば様も男たちに蹴られて・・・囲炉裏の淵に頭(こめかみのあたり)ぶつけて血が出て・・・どうしようボクのせいで「心配ない、だいじょうぶだから・・・ほら落ち着いて、テツヤ・・・テツヤ!」」  話の成り行きから、あの日起きた惨事の詳細を思い出してしまったテツヤが恐慌をきたし。顔をくしゃくしゃにして大泣きし始めてしまう・・・。 すると。 「ふ、う、うぅぅ~・・・だってばば様だけじゃな・・・とと様もかか様も縛られて・・・叩かれて・・・ど、しよ・・・みんな、も、死んじゃった、の?」 「だいじょうぶ無事だ。ちゃんと皆生きてるから・・・ほら泣かないで」 「んく・・・ばば様たち、も・・・そ、だいしょ様・・・が、たすけてくれ・・・た?」 「オレではなくオレの仲間・・・お前のばば様が話して聞かせてくれたという雪女と、その旦那のだいだらぼっちがちゃんと助けて、遠く雪のめったに降らない土地・・・日向というんだが・・・へ避難させたよ。当然傷の手当てもちゃんとしてね。だからね? テツヤ。もうお前が気に病む必要はないんだよ?」  それを見かねた赤司が慌ててその小さな身体を布団の中からひょいと・・・両脇を持ってすくい上げると。赤子を抱くように縦抱きにし、根気強く・・・ヨシヨシと背を撫でたり、揺らしたりしてようやく落ち着かせておいてから。 (・・・とここまで妖怪の総大将様にさせるのも。純白の着流しを涙で濡らしたのも、鼻水をつけて汚したのだって・・・後にも先にもテツヤただ一人きりだが)  ようやくパニックが治まり、涙が止まりつつあるのにホッと安堵の吐息を洩らしつつ。ぐっしょり濡れそぼった頬や、眦やを指の腹でそっとぬぐってやっていたら・・・。 「とお・・・く、に、いっちゃった、の? も、会えない、の?」  赤司の説明に、また再び泣き出してしまいそうになった子に対し。  事の経緯が経緯だけに、このままあの土地に留まっていたところで・・・非道の限りを尽くしたものたちと、その被害者家族の間には遺恨も残っているし、一生トラブルの火種が着いて回ることになるから、互いが近くにいても何もいいことがないのだと。 それならばお前の大事な家族には、嫌な記憶も寒さの心配もない土地で、のんびり暮らしてもらうのが一番じゃないかと――なにより本人たちがどうしたいと思っているのかと、テツヤを座敷わらしとして生まれ変わらせたことも含め説明する傍ら尋ねたところ・・・。  ――もしテツヤが無事生きて助かったところで、きっとまた・・・村になにか厄災起きる度に。 やれ生贄として差し出せだの、お前のような子がいるせいだなどと理不尽に責められたりと・・・ひどい目に遭わされることになっていたでしょう。 けれどもうその心配がなくなったというなら・・・あの目に入れても痛くないほど愛しくて可愛い子が・・・妖怪でもなんでもいい。ちゃんと生きてさえいてくれるなら。もう二度とあんな恐ろしい目に遭わないですむというなら・・・わたしたちはどこへなりと行きますし、暮らしていきますからと一つ返事で頷いて・・・自分が癇癪を起したせいでこんなことになったというのに。にもかかわらず、涙ながらに『テツヤを助けてくださったこと、一生恩に着ます』と礼まで述べられたのだと――ここでまでも、身を固くして恐縮してみせながら雪女が話して聞かせてくれたんだよ? なんて。柔らかな口調でもって懇切丁寧に、この三日の間にあったことを説明してやったのち。 「(おそらく向こうが座敷童を認識することができないだろうから、会うのは難しいにしても)様子を見に行くことはできるさ――鵺、ここへ」 「ヒョー、ヒョー」 「!!!! わぁぁぁ、おっき・・・い、おさるさんです・・・・・・よね?」 「顔はサル、身体はタヌキ、手足は虎、尾は蛇だ。そして鵺は空を飛ぶことができる」 「お空を?」 「ああ。お前を探しに行ったときも、ここに連れてきたときも鵺の背に乗って空を飛んできたんだ。お前の家族のところへだって鵺ならひとっ飛び・・・あっという間だ」 「! ボクもお空飛んでみたいです」 「そうか、飛んでみたいか「はい「ならもう少しお前がその、新しい妖怪の身体になじんだら・・・日向まで出かけてみることにしようか」」 「――はい! きっとですよ?」 「ああ、約束だ」 「ふふ・・・すごく楽しみです「だそうだよ、鵺。(その大きな図体や見た目を)テツヤに怖がられないでよかったな」」 「ヒョー、ヒョー」  論より証拠とばかりに従属を呼び寄せ。泣いたカラスの不安を取り去り、笑顔を取り戻させてやる。

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