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*****    ――とこんな経緯で始まった、齢千年を生きる妖怪の総大将たるぬらりひょん・・・赤司と、新米妖怪たる座敷わらし・・・テツヤの二人暮らしは――。  「その愛らしい容姿からして、テツヤには座敷わらしがもっともふさわしいかと思い、定めたんだが」 「・・・・・・?」 「ただね、テツヤ」 「はい総大しょ「テーツーヤー?「!・・・じゃなかった、征さま「うん、よくできました」」  文机の前に胡坐をかいて――何やら難しい書物を紐解く恩人の元へ茶を運んでみたら。 礼を述べるついでに、ここにおいでと呼ばれちんまり収まった膝の上――。 「座敷わらしというのは人の家に棲みつき、その家で暮らす人々とともに在るものなんだ」 「人と・・・ですか」 「そうだ。だがテツヤは座敷わらしになる前、その人間どもによってひどい目に遭わされているだろう?」 「・・・はい、」 「そんなお前に、『だから今すぐどこぞの家に憑いて、人と暮らしていけ・・・なんなら憑いた家を繁栄もさせてやれ』なんて、そんな酷なことを言うつもりは毛頭ないから「よかった・・・ボクてっきり「心配無用だ。たった五つかそこらのお前を突き放したって、いたずらに路頭に迷わせるだけだからね。それならオレのそばで妖怪としての在り方を教えてやったほうが、よっぽど――一人前の妖怪への近道になるしね?」  ・・・だからお前のその心の傷がすっかり癒えるまでは、ずっとここにいていいんだからね? と。 幼い身体をいたわるようにぎゅうと背後から抱きしめる逞しい腕の持ち主に向かい。 「はい! 征さまのおそばでけんめいに学びます」 「ああ。楽しみにしてるよ」  ――さすがは幾千の妖怪たちを束ねるだけのことはある。その一見華奢そうに見えて、実は屈強な肉体の持ち主を――強い決意を込めた握りこぶし付きで、きらきら輝く眼で振り仰ぎ宣言してみせる実直さを微笑ましく眺めたり。  「――にしても、だ。どうもお前は妖気やら生気やら気配やら・・・いろいろ薄すぎて心配になるレベルだから・・・ほら、これを」 「え、これって・・・・・・征さまが(胸元に)着けてるのと」 「そうお前の瞳と同じ色をした・・・勾玉だ」 「・・・まがたま」 「これにはオレの魂魄の一部や妖気が籠めてある。そばに在る限りお前を守るから、肌身離さずもってること。いいね?」  普段付き合いのある連中――鬼やら河童やら狐やらぬりかべやら――は、皆我が強すぎるというか、いろんな意味で濃すぎるというか、やんちゃというか・・・とにかく。なにかと一筋縄ではいかないものばかりを相手にしてきたせいか。 テツヤの素直で懸命でそして儚げで・・・なによりこの、腕の中にすっぽり納まる・・・しかも見上げなくていいコンパクトな体躯は、大変好ましいし。 抱きしめるついでに鼻を埋めた旋毛やうなじは未だ、あの赤子特有の何ともいえぬ甘い香を放っているし。  だから要は――周囲が猛者ばかりなのがよくなかったのか。あるいは・・・赤司自身にまったく自覚はなかったが、千年もの間孤高を貫いたことが堪えていたのかはわからぬが――いっそ新米座敷わらしがすることなすことすべてがツボを突いてくるというか。 可愛くて愛しくてしかたがないというか、胸が高鳴ってしょうがないというか。 だから・・・齢五つにして世の無常と人の残酷さを知らねばならなかった。このかわいそうな子を全身全霊で守ってやりたいと思うし、ぐずぐずに甘やかしてやりたいと思うし。いつも笑顔でいてほしい、すなわち。彼を妖怪一幸せにしてやりたいとそう思うから。  ――幾千の妖怪を束ねる総大将たる、赤司征十郎がそう思ったからには。  「そんな大事なものいただけません」 「ダメだ。ここにはオレや鵺以外の妖怪も集うし、その妖怪たちは気性の荒いものが多いからひょっとしてまた・・・攫われて雪山に置き去りにされたり・・・なんてことだってあるかもしれないよ?」 「!!! ヤです! そんなのぜったいやぁ・・・」 「だろう? ならちゃんとこれを持っていなさい。そうすればお前がオレのお墨付きだってすぐわかるから、怖い目に遭わされたりもしないよ?」 「うう~・・・じゃあ持ってます」 「よしよし。なら早速紐を通して、と・・・こうやって首から下げておくのが一番いいかな?」  ――うん、いいね。雪女が仕立ててくれた(まだ幼くやんちゃ盛りのテツヤは、きっと活発に動き回るだろうとの配慮からだろう・・・半股引(半だこ)と合わせて着るように、太腿あたりで大胆にカットされた)藍鐡色の振袖にも、オレが見立てた(白地に赤と黒の縁取りがされた)半巾帯にもよく合ってると、満足げに頷きながら・・・余った組み紐の残りでついでとばかり水色のくせ毛を括ったのち。 「これでますます座敷わらしらしくなった・・・(ああまったく。なんて愛らしい)」 「ありがとうございます、征さま」  ふうわりと頬を上気させ、照れながら礼を言う子をひょいと持ち上げ抱っこして。 「さてでは――」 「・・・?」 「新しい着物も、お守りも、髪飾りもしておめかししたところで・・・いよいよ日向まで足を延ばしてみようか」 「! とと様やかか様に会える?!」 「もちろん(妖力の強いオレが一緒なら、ちゃんと姿が見えるから)会えるさ」 「じゃあ、じゃあ・・・お空を飛んで行く?」 「そうだ。鵺の背に乗ってひとっ飛びだよ――ほら、お前が鵺を呼んでごらん?」 「ボクが?」 「ほら、テツヤ」 「えー・・・ほんとにボクが呼んでも、ちゃんと来てくれますか?」 「来るさ。だからほら・・・呼んでごらん?」 「・・・・・・ヌーーエーー」 「ヒョーヒョー」 「征さま! 鵺、ほんとに来ました!」 「ハハ・・・ね?」 「はい!」  さも嬉しそうに破顔して報告を寄越す子に、愉快そうに微笑みかけながら。互いのデコをコツンと合わせつつ・・・こっそり胸のうちでなされた決意を粛々と実行していくだけである。

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