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第6話
その夜――
「はい、約束のクリームソーダです」
こたつテーブルにグラスを置くと、理人さんのアーモンド・アイが形を変えた。
一気に輝きを増した球面に映し出されたのは、でっぷりと膨らんだグラスの中で小さな泡をプチプチと弾けさせるメロンソーダと、その中に『浮力よ、無念……』とばかりに沈み込んでいるバニラアイス。
もちろん、冷たい山の麓にそっと佇むのは、双子のさくらんぼ。
真っ赤に色づいた果実と、オフホワイトのコントラストが鮮やかだ。
すっぽりとこたつ布団に埋もれていた上半身を伸ばし、理人さんは下唇を噛んだ。
まるで、おやつの時間を待ちきれない子供だ。
かわいい。
「いただきまー……」
「あ、その前に」
「な、なに?」
「三枝さんに報告しました? 予防接種受けたって」
「……した」
理人さんから遅れること半年。
追いかけるように、三枝さんが東京支社に異動してきた。
総務部総務課の課長代理として、社内の様々な案件を取り仕切っている――けれど、毎年この時期だけは、理人さん専属の予防接種(と、健康診断……の採血)実施状況管理担当になっている。
本人はきっと不本意極まりないんだろうけど、なんだかんだ言いながらも、ふたりの間には揺るぎない信頼関係がある。
だから理人さんも、いつも最後には観念して……るのかどうかはともかくとして、ブスッとやられるしかないのだ。
「それなら、よし」
「俺は犬かよ……」
理人さんは立派なへの字口を披露してから、改めてスプーンを構えた。
好きな食べ物を前にした理人さんは、最高にいい顔をする。
かわいいし、こう、下半身にくる的な意味でも。
「こういうスプーン、売ってるんだな」
「雰囲気出ていいでしょ?」
本当はこれも、クリスマスプレゼントの一部だったんだけれど。
「んっ……んま!」
「よかった」
サプライズ計画は問答無用でぶっ倒されてしまったけれど、理人さんの笑顔を見ていたら、なんだかどうでもよくなってきた。
やっぱり、俺は理人さんに甘い。
でも、しょうがない。
だって、ほんっ……とにかわいいし。
「佐藤くんのは、何味?」
「コーラです」
「じゃあ、クリームソーダじゃなくてコーラフロートだな!」
「なんですか、そのこだわり」
「大事だろ」
真剣な顔で言い、理人さんは大事そうにアイスの山を削った。
俺もそれに倣い、クリームソーダ……もとい、コーラフロートをつつく。
会話がなくなると、急に空気が静かになる。
しんしん……という言葉を初めて当てはめた人は、今夜のような時間を過ごしていたんだろうか。
「雪、積もりそうですね」
「明日、休みでよかったな」
「雪だるま作れるから?」
「ちっ……違う! その……仕事、行けなくなると困るだろ」
「俺は理人さんと雪だるま作りたいですけど?」
「……」
頬を真っ赤に染めながら、理人さんがスプーンの先をがしがしと噛んだ。
うーん、ムラムラしてきた。
押し倒したいけど、理人さんの中ではクリームソーダが優先順位トップだしなあ。
「……あのさ」
「はい?」
「……」
「理人さん……?」
「まだ、呆れてる?」
「へっ……」
「来年は、その、ちゃんと……やるから。で、できるだけ……」
語尾がどんどん消えていき、ついにはまったく聞こえなくなった。
なんで今さらそんなこと……あ、そういうことか。
この人はまた、俺に嫌われたかも……なんて不安になって、くだらないことで頭をぐるぐるさせちゃってるに違いない。
困ったなあ、もう。
そんな顔でそんなこと言われたら、にやにやが止まらないし、どうしても意地悪したくなるじゃないか。
よし、決めた。
意地悪しちゃおう。
だってこれは、理人さんが悪い。
かわいいし、どれだけ愛を囁き続けても俺の気持ちを疑うし、かわいいし、それに……かわいいし。
「もう呆れてはいませんけど、実はちょっとだけ怒ってます」
「えっ……」
「俺は理人さんのためを思ってやったのに、『予約したのは佐藤くんの勝手だろ! 俺は頼んでない!』……って」
「……」
「けっこうショックでした」
「……ごめん」
「まあでも……そうですね。今夜、俺の上に乗って思いっきり腰振って最高に乱れてくれたら許します」
「なっ……!」
「嫌じゃないでしょ?」
「そ、そりゃ、嫌ではない……って、違う! 葉瑠先生が『今日は激しい運動禁止』って言ってただろ!」
「あ、そうでしたね」
たぶん葉瑠兄は、理人さんの涙目に俺がムラッ……ときてたのを見抜いてたんだと思う。
帰り際に、今夜は何もするなとか、安静に寝かせてやれとか、いかにも長男らしい言葉でいっぱい釘を刺された。
きっと兄貴も、濡れそぼった捨て犬モードだった理人さんの上目遣いに、じっくりしっかりきっかり絆されたしまったに違いない。
「でも、セックスしちゃだめとは言われてないし」
「セッ……!」
「それって、激しくなければそういう運動はしてもいい……ってことですよね?」
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