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第1話 試練(1)
「──処女の演る男役ってのはいいね」
言いつつ、毛足の長い絨毯の床を、優雅に蹴ってこちらへ向かってくる男。
彼を前にして、白井花人(しらいはなと)ことハナは、軽い目眩を覚えた。
名を、テラ・フェット・グレイと言う、と、帝都ホテルのペントハウスである彼の家を訪ねる前に、兄の明から説明があった。金髪、碧眼、白皙の肌を持つイタリア系英国人。テラはそれらと釣り合わない、流暢な日本語を話した。
明と一緒に、男装女性アルファの地下アイドルグループ「フィオーレ」のプロデュース業を趣味の一環としてやっている、テラの本業は、貿易業だとのことだった。
地下アイドルのプロデューサー業は分業制であることが多く、舞台演出全般を担当する明と、渉外兼衣装デザインを担当するテラは、「フィオーレ」立ち上げ当時から、ずっとタッグを組んでいる。他に、「フィオーレ」のメンバーとして、作曲担当のDTMer(打ち込み系作曲家)のオトハと、振り付け担当のルナ、作詞担当のネネ、それらをリーダー格のミキが束ねているのが、他の地下アイドルと比べて「フィオーレ」の個性的なところだった。
今日は、新曲を含む初アルバムリリースイベントが、「フィオーレ」の本拠地であるダンススタジオ兼ライヴハウス「ピアンタ」で行われたあとだった。本来ならば、「フィオーレ」の正式メンバーである、ルナ、オトハ、ミキ、ネネの四人がライヴを行うはずだったが、本番直前、フロントで踊るはずのルナが行方をくらましたことから、蜂の巣を突つくような騒ぎを経て、ハナに代役として、白羽の矢が立ってしまった。
「それで、ルナの行方はわかったのか? 明」
テラは不機嫌そうに、明と「フィオーレ」のメンバー三人、そしてハナを見て、尋ねた。
「いや。だが、だいたいの居場所は掴めている」
「連絡は?」
「ない。誰が鳴らしても電話に出ない。位置情報確認アプリによると、成田にいるらしい」
「成田? 空港か?」
「ああ」
テラが、眉を顰めてチラリとハナの方を見る。
楽屋から消えたルナの代わりに、歌い踊るため、ルナの衣装をちぐはぐに纏った姿を、明るい照明の下で見られることに、ハナはかなりの抵抗を感じた。女装──男装した女性のフリだが──するのも初めてなら、似合わない化粧も初めてだ。おまけにステージで歌い踊った一時間半を経て、みっともなく化粧崩れしている。
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