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side-K

 新学期のクラス替えは、物凄くいい感じだった。  ノリが良くて可愛い女子がいっぱいいて、女好きでノリがいい男もいっぱいいて。  高校最後、めっちゃいいクラスだなぁなんて思ってたのに。  ノリのいい自己紹介の時間を、つまんなそうな顔して名前だけ言って終わらせたやつが、一人だけいた。  早川だ。  自己紹介だけじゃない。その後盛り上がったノリのまま、どっか遊びに行こうってなった時も、オレはいいやとかなんとか言って参加しなかった。  その割りには女子の間で、小動物みたいで可愛いとかなんとか言われてるのも腹立つ。  しかもオレ達にはそんな風に一歩引いてるくせに、モテるくせに簡単に女に手を出さなくて紳士的とか言われてイケすかない旭とは妙に仲が良くて。  何もかも赦してるみたいな無防備に優しい顔して笑い合ってるのも、癪だった。  どうしてその表情(カオ)で、みんなの輪の中に入らないのか。  そしたら、ノリが悪かろうが別に気にもならないのに。  アイツにだけ、そんな表情。  ----ずるい、だなんて思ってしまってから、何考えてんだと頭を振る。  別に早川の笑顔なんてくそ食らえだろって、言い聞かせて無理やり視線を剥がさないと、ずっと----見ていたくなってしまう。  何考えてんだオレは。  あんなやつ----男でノリが悪くていつまで経っても誰にも馴染もうとしないようなやつの。  笑った顔、なんて。  旭の野郎と楽しそうに喋ってる顔なんて。  見てたって、全然楽しくないのに。  女子の方が可愛いし、柔らかいし、あったかいし。  そっちの方が、絶対いいはずなのに。  どうしてこんなにも気になるんだろうなんて、イライラしてた時だ。 「それはだって、隼人がさ」  学校帰りの駅に向かう道で、前から聞こえてきた嫌な名前に引きずられて顔を向けたら。  花が咲いたみたいに華やかで安心しきった笑顔と、教室のなかでは聞いたこともないような弾むような声で笑う早川がそこにいて。  聞いたこともない声と見たこともない笑顔に、最初は別人なんじゃないかと思ったのに。  ----別人なら良かったのに。 「ンなこと言って、咲哉だって」  聞き耳たててた会話の中に聞こえてきたのは、間違いなく早川の名前で。  本当に早川なんだと思い知った瞬間に。 (--------な、んでッ)  胸が。  もう今ここでオレは死ぬんじゃないかと思うほどに、ぎゅっと鷲掴みされたみたいに痛くなった。  喘ぐみたいに呼吸しながら、なのに目も耳も早川から逸らせなくて。  旭のその立ち位置を、今すぐにでも奪ってやりたい。  あんなやつじゃなくて。  オレに。  柔らかく笑って、その弾むような声で話を。  して欲しいと思った瞬間。  絶望に打ちのめされた。  恋だなんて。絶対に、認めたくなかった。  その日からは、毎日必死だった。  違う。絶対に、恋なんかじゃない。  あんなやつ、男だしノリは悪いし笑わないし。旭としか楽しそうな顔しないし。  そう、だから。見てしまうのは「なんでそうなんだよ」っていうイライラで。  弾む声と笑顔を盗み見てしまうのは、旭への嫉妬とか早川への想いなんかじゃない。  断じて違う。  自分にずっとそう言い聞かせてたら、ある日突然クラスメイトに言われた。 「柏木さー。早川のこと嫌いなのは分かるけどさー、睨みすぎな」 「っぇ?」 「なに、無自覚かよ。隼人がいなきゃお前絶対、早川のことイジメてたよな」 「そ、んな、こと……」  ない、と笑って誤魔化す声が、微妙に震えた気がした。  睨みすぎ? いつから? いつからオレは、早川を睨んでたんだろう。  愕然とした。  そんなことしてたら、いつまで経っても。  傍に、行けな----。 「----ッ」 「どした、柏木」 「べ、つに」  胸を過った本音が。  無防備だったオレを抉る。  違う。違う。----違う。  オレは女子が好きだ。大好きだ。  うざがられようが邪険に扱われようが、女子の柔らかくて暖かくて全部包んでくれる曲線が好きなんだ。  オレは。  ----あんな、早川、なんて。 「ねぇ、みんなでお祭り行かない?」  はっとしたのは、女子のはしゃぐ声が聞こえたからで、訳の分からない思考に陥る前に呼び戻してくれたその声にホッとする。  あぁ、ほら。オレはちゃんと女子が好きじゃないか。  あんな風に、たかだかお祭りごときできゃっきゃ言えるなんて可愛いじゃないか。  ノリの悪いアイツとは、大違い。  そんな風に思いながら、複雑そうな溜め息を吐いてる早川をちらりと見たら。 「ホントに嫌だったら言えよ。ちゃんとフォローしとくから」 「行くよ。お祭りは好きだし」 「そっか」 「やめろよー、子供じゃないんだから」 「----やっと笑ったな」  旭にわしわしと頭を撫で回されて、早川が無防備に笑っていて。 (だ、っから……ッ)  いちいち、痛くなるな。  胸をぎゅっと掴む。  好きじゃない。好きじゃない。  羨ましくなんかない。  呪文みたいに唱えてるのに、意識も目もそらせない。  早川がオレの視線を捉えたことに気付いたら、呪縛が解けたみたいに視線が動いて、ホッとしながら目を閉じる。  これ以上何も見たくなくて目を閉じたのに、旭が睨み付けてくるのが分かって。  誰にともなく舌打ちした。  着付けの始まった教室の真ん中に、オレが狙ってた斉藤と早川と旭がいる。  ちらちら見てしまうのは、アイツらが気になるからじゃなくて、斉藤が気になるからだ。  何度こんな風に、無意味に自分を騙しただろう。  こっそり溜め息をつきながら、されるがままに浴衣に着替える途中。 「やーん。咲哉くん、浴衣ちょー可愛い」  一際黄色く高い声に、思わず目を向けてしまった先。  白い肌に良く映える濃い緑の浴衣に華奢な体を包んだ早川が、キョトンとした困り顔で立っていて。  喉が、鳴った。  衝動が、身体中を駆け巡っていた。  抗えない衝動に揺さぶられて、眩暈がするのに。  目が、離せなくて。  だから、見たくもなかったものを無理やり見せつけられた。 「これ、オレのだからあんま見ちゃダメ」  吐くかと思った。  旭が。早川を後ろから。  まるで壊れ物でも扱うみたいに優しく包むのを、見せつけられて。  冗談に紛らせたって、オレにはわかる。  ----旭は、オレに言ってる。  嫉妬がオレを包んで、ドス黒い何かが腹の中からこみ上げてきて。  その上、早川がまた。  楽しそうに笑うから。  泣くかと思った。  悔しくて痛くて。  帯がキツいなんて理由じゃ、説明できないくらいに苦しくて。  思いきり良く頭を振って、無理やり顔を逸らしたのに。  意識が、いつまで経ってもアイツらを追い続けて。  心が悲鳴をあげてる。 (勘弁してくれ)  苦々しく胸の内で吐き捨てて、着付けてくれた女子にもごもごと礼を告げたら、そそくさと教室の隅に移動する。  アイツらを視界に入れたくなくて無意味にスマホを弄りながら、時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。  男子全員の着付けが終わって女子に教室から放り出された後、どうせ時間がかかるであろう女子を待たずに先に会場へ向かうことになって。  目のやり場に、困ってしまった。  歩き慣れない下駄を履いて、浴衣でほてほて歩く早川は、女子が言うように小動物めいていて妙にそそられる。  ついつい目がいくたびに、旭が早川の隣に立つから。  嫉妬が。  腹の底を焼いていく。  燻り続ける火種に常に油と薪を足されて、会場に着く頃には消せない炎になってオレを焦がし続けていた。 (----もうやめてやる)  恋じゃないなんて、嘘だ。  抱きたい。  アイツを、思うままに汚したい。  なんだっていい。どうせ嫌われてる。  それなら。  徹底的に、嫌われたらいい。  柔らかくもなさそうな華奢な体を、思いきり抱いてめちゃくちゃにして。  お前なんか嫌いだと、早川から思いきり罵ってもらえたなら。  きっとこの、哀れで報われない恋を昇華出来るに違いない。  バクバクと、心臓がうるさいくらいに鳴っていて。  いっそ止まればいいのにと、思っていた。  女子と合流したら、我先に女子連中に混ざった。そうした方が、自然だと思った。  そうして後ろの方にいる早川の気配を感じながら、そっと脇道に逸れていく。  早川に気取られないことよりも、旭の目を誤魔化すことの方が重要だ。  早川にめちゃくちゃするついでに、たかだか幼なじみってだけで自分のもんだと思い込んでる旭の鼻を、明かしてやらなきゃ気がすまない。  そうやってどんどん、自分が道を踏み外してることを自覚しながら。  止められなかった。  後戻りなんて、出来なかった。  もう、やめてやると決めたんだ。  そうでもしない限り、ずっと。  こんな救いのない恋を、苦しいままに続けることになる。  今からやろうとしていることに嫌な汗が滲んで、呼吸が荒くなっていく。  誰か止めてくれないかな、なんて。  一瞬心を過った弱音を。  不意に視界の端に捉えた濃い緑に、掻き消された。 (…………いた)  クラスメイト達から、随分離れて。  早川が、そこにいた。  人の波を避けずに、そのまま早川に突き進んでいく。 「おい」  掴んだ腕は、そこらの女子に似て随分華奢で、----また、喉が鳴る。  腕を捕まれて肩を揺らした早川が、オレの顔を見つけて眉をしかめて。  その顔にまた傷つけられる胸を、慰めてやる余裕もないまま。 「来いよっ!」 「ちょっ、どこ行く気だよ」  今までに聞いたこともないような怒りを孕んだ早川の声に。  ぞくぞくと、背中が粟立った。  今からやろうとすることへの罪悪感か、それとも泣き叫ぶ嬌声を連想したのかは、自分でも分からない。  このまま、誰も知らないこいつを暴いてやるんだと。  意気込んで腕を引く途中。 「咲哉」  アイツが、早川を呼ぶ声が聞こえた。  行こう、と。  旭が早川の腕を引いて、オレの方なんて見もせずにどこかへ消えて。  オレは、その後ろ姿を見送ることも出来なかった。  ただ、緊張の糸が切れたみたいに後から後から涙が溢れ出て。  こんな顔、誰かに見せられるはずもなくて、賑わう祭り会場に背を向けて歩き出す。  背中から聞こえる賑やかな音が、何もかもを奪われて空っぽになったオレの頭の中に、痛いほど響く。  恋を素直に認めて、照れ臭くもぶっきらぼうに好きだと告げて。  ごめん、なんて謝られて。  冗談だっつの、なんて涙を堪えて笑ったり。  そうしてほんの少し泣いて、恋を終わらせてやれたなら。  もう少しくらい、この胸の痛みは軽かったのだろうか。  惨めにも他人に破られて終わった恋の、後味の苦さを噛み締めて歩く。  散々だ。  早川なんかに惑わされて、嫉妬に操られて。旭の鼻を明かすどころか、早川が旭のものなんだとわざわざ見せつけられて。  本当に、散々なのに。  どこかでホッとしている自分がいるのも事実だ。  むちゃくちゃにしてやるつもりだった。浴衣を剥いで、肌にむしゃぶりついて。恐らくは誰も触れていないであろう奥を侵して。幼い顔に似合わない凛と澄んだ目を、白く濁った欲に染めてやるつもりだったのに。  優しくて柔らかくて無防備に信頼しきって笑っていた、あの表情(かお)を。  失わずに済んだことに、酷く安心しているのもまた事実で。  あぁ、本当に。  本当に好きだったんだと、今さら素直に認めて泣き笑う。  いつか。  いつの日か。  もしも。  この想いを、儚くほろ苦く思い出す時がきたとして。  そうしたなら多分、オレの醜くて弱い心が描いた妄想を止めてくれた旭に、感謝したりするのだと思う。  熱い息を1つ吐き出したら、ぐい、と顔を拭う。  夏休み中で良かった。  さすがに今日の明日で早川や旭とマトモに顔を会わせる自信はない。  うんと伸びをして、大きく息を吐き出したら。 「----うし」  帰るべ。  いつも通りに笑って、自分に言い聞かせるみたいに呟いた。  *****  夏休み明けの始業式。  アイツらと顔を会わせるのはさすがにキツかったけど、そんなことで休む訳にもいかなくて。  休みの間になんとかケリをつけたはずの心がザワザワするのを押さえつけて教室に入った。  予想に反して二人ともまだ来ていなかったことにホッとしながら、いつも通りを装って女子にちょっかいかけたり、男同士で下らない会話に花を咲かせたりして。  大丈夫。いつも通りできてる。  そんな風に思い浮かべながら、言い聞かせなければ取り繕えない情けなさに、唇の端が歪むのを感じて慌てて俯く。  大丈夫。大丈夫。普通にしよう。あの時は結局、最悪の事態にならずにすんだ。だから、大丈夫。  深呼吸を一回。  顔を上げて、どうでもいい話にバカ笑いして。  なのに、心が。ドキドキザワザワするのが苦しくて、トイレ行ってくるなんて大声で宣言して、逃げるみたいに教室を出たのに。 「----っぁ」  廊下の先に見つけたのは、並んで歩くアイツらの姿で。  ギシギシ言う胸の辺りをぎゅっと掴んだら、アイツらがこっちに気づく前に逆側の廊下にダッシュする。  大丈夫。  ----なんかじゃない。  笑って話してる二人を見るだけで、まだこんなにも荒れ狂う。  あんなにも無惨に破れた恋が、未だにこんな影響力で揺さぶってくるのが癪なのに。  アイツが笑っていることにこんなにもホッとするなんて。  あぁもうホントに。  諦めたいのに諦めきれないなんて、カッコ悪すぎる。  あの日、泣きながら思い知らされた恋の終わりを。  受け入れたつもりだったのに、まだこんなにも惑うのが情けない。  溜め息を1つ。  吐いたところでチャイムが鳴り響いて。  力の入らない足をどうにか動かして、よろよろと教室に戻る。  ドアを開けるのが酷く億劫で、ドアの前で硬直してしまう。  いつも通り。いつも通り。いつも通り。  言い聞かせて、言い聞かせて。それでも震える手と呼吸に、自分の弱さを突き付けられて泣きそうになる。  何やってんだよオレは。  出てもいない涙を乱暴に拭ってドアを開けたら、こっちを見た早川とマトモに目が合って。  慌てて逸らされた、怯えた目。  死ぬかと思った。  辛くて苦しくて、吐きそうだった。  強い視線を感じてノロノロ顔を動かしたら、いつにない厳しい目でオレを睨み付ける旭がいて。  睨み返す気力もなくて、項垂れたまま席に着いた。  延々と続く校長のどうでもいい話を聞き流しながら、息苦しいほどに暑い体育館でぼんやりと思い出すのは、早川が怯えて逸らした顔だ。  そんなにも傷付けたのだろうか。あの日、何もしていないと思っていたのはオレの都合のいい幻想で、本当は欲望のままに裸に剥いたのだろうか。  背の順で並ぶ全校集会だから、早川はオレよりも5、6人前に立っている。制服姿なら特別華奢にも見えないのに、浴衣姿の早川はなんであんなにも華奢に見えたんだろう。  そんなことをつらつら考えていたら、ぽん、と肩を叩かれて大袈裟に肩が揺れた。 「柏木?」 「っ、くりした……」 「なんだよ、立ったまま寝てたのか?」 「そんなんじゃねぇよ」  周りが動き出すまで始業式が終わったことにも気付かずに、早川を見ていたらしい。  驚きにバクバク鳴っている心臓が痛い。  今日1日で心臓がすり減りそうだなんて情けなく苦笑いしたら、いつも通りを装ってバカな話で盛り上がりながら教室に戻る。  体育館を出る間際。  人波に逆らって、す、とオレの横を抜けていった旭が、早川の傍で立ち止まったのを視界の端に見つけて。  やっぱり、なんて諦めるのと同時に胸が痛むんだから、オレも大概諦めが悪いなと呆れるしかなかった。  始業式が終わって、授業があった訳でもないのにえらく疲れた気分で迎えた放課後。  みんなで遊びに繰り出していったクラスメイトを、今日ばかりは疲労を理由に見送った。  あんなにも早川を貶していたのにこのザマかよと、自分を呪うしかない。  ぐったりと溜め息を吐いて、何も入っていないはずなのに妙に重たい鞄を持ち上げる。  ふらりと教室を出て、下駄箱へ向かう途中。 「はやかわ……」  階段の踊り場に立っていた早川を見つけて、思わず零れたその声に。  早川が顔を上げて一瞬目を左右に走らせた後で、右足を一歩引いたのに気づく。 「待て」 「----っ」  思わず腕を掴みに走った反射神経は、たぶん、今までで一番の瞬発力だったと思う。 「待って、頼むから」 「……」  哀願するみたいに零れた声は、ひどく掠れて弱々しくて。自分でも情けなさに泣き出したくなるけれど。  早川は、困惑した顔のままオレを見つめて。 「……なに?」  きょとんと首を傾げてオレの言葉を待っていて。  喉が鳴るのを隠すことは、もう諦めた。 「……ごめん」 「何が?」 「いろいろ」 「……」 「もうしない。……ずっと……お前のこと、睨んでるつもりも、全然なかった。……こないだの、祭りのとき、も……腕、掴んだりして、悪かった」 「……」  呆気に取られたみたいな顔してオレを見上げる、純粋な瞳を。  まっすぐ見つめ返すこともできずに、掴んだままだった腕をそっと手放す。 「わるかった」  早川のまっすぐな視線が痛くて、項垂れたままに去ろうとしたら。 「かしわぎ」 「っ」  躊躇うような小さな声に、呼び止められて。  振り向くことも出来ないままに、立ち尽くしていたら。 「……オレ、集団行動苦手だし、お前、そういうオレのこと、嫌ってんだと思ってた」 「ちがっ」 「でも、違うって分かって、ちょっとホッとしてる」 「……」 「お前の気持ちに、応えてはやれないけど。……今、正直、ちょっとホッとしてる」 「……」 「お前、オレのこと、ホントに……殺したいくらいの勢いで、睨んでたから」 「んなことっ」  ねぇよ、と言い募ろうとしたのに。  勢いで顔を上げた先で。  早川が。  あの、無防備に優しい顔で笑ってるから。  何も言えなくなる。 「ごめんとか、ありがとうとか……言った方が良いような気がするんだけど、なんかしっくりこないから、なんも言わない」 「……」 「卒業まで後半年だし……団体行動は苦手だけど今のクラスは、いいやつらばっかりだと思う。オレのこと、ちゃんと、クラスの一員て考えてくれてるし」 「当たり前だろ、そんなん」 「うん、だから。柏木とギクシャクしたくない」 「っ……」 「オレらがギクシャクして、クラスの空気、壊したくない」  だから、と紡いだ早川が、あの笑顔のままでオレを真っ直ぐに見つめるから。  泣き出しそうな自分を叱咤して、ゆっくり真っ直ぐ見つめ返す。 「----今まで通りだ」 「ぇ?」 「睨んだりしない。ちょっかいかけたりもしない。お前とは、今まで通りにする」 「…………うん」  あっさりと頷いて笑った早川に、ほんの少し淋しいと思ったのは胸に隠して。 「じゃあな」 「うん。----また明日」  早川が、頷いて続けた言葉に。  一瞬本当に、泣いたと思う。  今まで聞いたことのない、だけどたぶん一番聞きたかった言葉。  不意打ちの言葉に、けれど何でもないふりを装って手をひらひら振ったら。  早川の横をすり抜けて、バタバタと階段を駆け降りた。  *****

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