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リフレインレイン1

 夕方、僕は、連載している雑誌の打ち合わせをしに外に出た。  新宿のとある喫茶店で打ち合わせ相手を待っていると、見たことのあるふたり組に遭遇した。  「あ、山田さんこんばんは。」  アイスコーヒーのストローを口から放し、僕は、2人組のひとりに挨拶をした。  山田公一(やまだこういち)さんは、僕より5つ年上だが、いじりがいのある真面目でひとのいい先輩だ。つい3ヶ月ほど前にゲームのイベントで共演したばかりだった。 「こんばんは、珍しいね吉寺くんとばったり会うなんて。」 彼が、満面の笑みを浮かべた。 「そうですね。あ、山田さん、今日のメガネいいですね。山田さんって、いつもメガネどこで買ってるんですか?」 「ふふ。それは言えないいなあ。」 彼が、腕組みをして楽しそうに笑う。 「いじわ言わないで下さいよぉ。」 甘えたような口調で言って、僕は、唇を尖らせた。  すると、彼の隣でじっと睨みつけるように僕を見ていた雄一さんに唇を強くつままれた。 「む・つ・きくん。そろそろ俺を無視するのを止めてもらおうか?」 「ひはぁひ!(痛い)」 僕が、上目遣いで軽く彼を睨んだ。 「そんな睨むなよ。わかったから放すよ」 彼は、やれやれと言う顔で僕から手を放した。そして、僕の肩をがっしりと掴み、真剣な眼差しで僕を見つめた。  「あのさ、俺、睦月になにかしたか?」 声を潜め、彼が問う。僕は、その眼差しから、僅かに目線を逸らした。 「……別になにもないよ。……あえて言うなら、ただ、あなたがひとんちの日本酒とワインをほとんど一人で空けてたってことくらいじゃないかな。」 「他には、何も? 本当に正直に言ってくれ。」 「だぁから、なにもないって。らしくないですよ。そう言う真面目な顔。ね? そう思いません?山田さん」 雄一さんの隣で居たたまれなさそうにしている山田さんに僕は、微笑んだ。 「え ?あっ……うん」 急に話を振られ、あたふたしている彼がおかしくて、僕は、クスクスと笑い声を漏らした。 「ほぉら、山田さんもそう言ってますよ。だからね、その手を早く放してくださいよ。僕、これから打ち合わせなんですから。」 僕が、作り笑いを浮かべ、子供をなだめるように言った。 彼は、いまいち腑に落ちないといった表情をしながらも僕から手を放した。 「俺、お前よりひとまわり以上違うんだけど。」 「いちおう分かってますよ。ね!山田さん?」 「なるほどねぇ」 山田さんのわけのわからない受け答えに僕と雄一さんは、顔を見合わせて笑った。  目が合って、どきっとしたけど、とりあえずは、いつもの彼の顔に戻ってくれて、僕は安心した。  「おふたりとも休憩中でしょ? 僕は、これから仕事だから、じゃまだからどっかいって下さい」 手の甲を相手に向け、ひらひらさせた。 「長居しちゃ悪いですよ。じゃ、吉寺くん打ち合わせ頑張ってね」 「はい。おふたりもね」 「じゃあな。睦月」 「はい……」 山田さんに肩を押され、2人は、僕に背を向けいってしまった。雄一さんが、なにかいいたげな表情で僕の方を振りかえったけど、僕は、アイスコーヒーを飲むふりをして、彼を無視してしまった。  その晩、僕はなんとなく家にまっすぐ帰るのが嫌で、打ち合わせ相手(女性)を食事に誘った。食事中、話が盛り上がり、彼女をうちに送り届けたときには、0時を回っていた。  タクシーに乗って、彼女の家から自分のうちへ帰る途中、昨日のようなどしゃ降りに襲われた。タクシーが家の前に止まると、僕は、運転手にお金を払い、急いでマンションの中へと入った。  そして、エレベーターに乗り、目的階で扉が開き、僕は驚いた。 なんと、エレベーターの扉の前にずぶぬれの男が立っていたのだ。 しかも、それは…… 「ゆっ、雄一さん!? なんでここにいるの!!」 驚きのあまり声が裏返ってしまった。彼は、僕にゆっくりと近づき、僕の目を見つめた。 「そんな驚くなよ。お前に逢いたかったからに決まってるだろ?」 低く落とした声で彼が言う。不覚にも、僕はどきどきしてしまった。 「ふうん。そう」 僕は、そっけなくそれを返した。 「冷たいな」 寂しそうに彼が言う。 「冷たいのは、あなたでしょ?」 「どこがだよ?」 僕は、湿ってる彼の髪をなでた。 「ほらね。冷たい。」 ふっと笑って、僕は、彼の手首をつかんだ。 「睦月?」 「あなたには、負けましたよ。ちゃんと話すから、その前にその服とその髪何とかしてくださいね。カゼひかれたら困りますから。」  彼の手首をつかんだまま、僕たちは、部屋に入った。  ジャー。 シャワーの水音がガラス扉の向こうから聞こえる。シャワーを浴びてるであろうシルエットがガラス扉にぼんやりと浮かび上がり、僕の鼓動は、高鳴った。  ここを開ければ、彼がいる。 しかも、今僕が、手にしているのは、ついさっきまで彼が身につけていたものだ。 僕は、震える手で、それらを一枚一枚洗濯機に放り込んだ。 そして、洗濯機をかけ、僕は、その上にスウエットと僕がまだ使っていない下着とバスタオルとフェイスタオルとドライヤーをきれいに乗せた。 「洗濯機の上に着替えとタオルとドライーヤーおいておきますね。」 「ああ。ありがとう」 水音がとまり、彼の声が聞こえた。  その瞬間、ガラス扉を開けそうな音がしたので、慌てて僕は洗面所を出た。  「なにもそんな逃げなくてもいいだろうが。」 バスルームからリビングにやってきた彼が苦笑いをした。 「えーだってぇ、こわいしぃ。」 僕は、ソファに座りながらぶりっ子口調で、おどけて見せた。 「なにがだよ?」 いいながら、彼が僕の隣に座った。  「それを今説明しましょう!」 彼の前に人差し指を立て、僕は、コンポのリモコンを手にとり再生を押した。  『やだぁ!』 『やだじゃないだろ?』  「昨日これをかけたのは、雄一さんですよ。で、そこで、僕と雄一さんが、リモコンの取り合いをして……ちょっと雄一さん、僕の手首をつかんで、自分の方に思いっきり引き寄せてみてください。」 「そしたら、倒れるんじゃ?」 「そう。それをあなたはしたんですよ。早くやってみてください。CDドラマ終わっちゃう」 彼は、僕に言われるまま、僕の手首を捉え、引き寄せた。  昨夜と同じ、僕らは、ソファに重なるように倒れこんだ。  『……でしょ。ここはこんなに感じてるのに』 『あっ……はぁ……んんっ』 ただ、違うのは、僕が、彼の身体から逃げようとしないことだ。僕は、彼の鼓動を確かめるように耳を胸につけた。  「睦月……」 耳朶をなでながら、吐息混じりの声で彼が囁いた。 そして、もう一方の手がシャツの裾の中から侵入してきた。  昨晩と同じ熱さをもって。  もしかして思い出した?  もし、そうなら、そろそろ…… 『な〜んちゃって、冗談だよ』って、肩を押しやって、言うはずなんだけど…。  だけど、彼の手は止まることはなく、下着の中に侵入し、僕の尻を撫で始めた。 「痴漢!! 昨日は、そんなことやってなかったでしょ?」 僕が、顔を上げた。 「昨日? なんのことかな?」 尻を撫でる手を止めずに彼が答えた。 「とぼけやがって。覚えてるくせにぃ。」 「お前もひとの事いえないだろ? 昨日は、抵抗してたよな?」 「それは……」 僕が言葉に詰まると、彼が誇らしげに笑みを浮かべた。そして、その手で、尻を揉んでいく。 「ねえ?そんなことして楽しい?」 「楽しいよ。睦月を困らせるのはね」 「性格悪ぅ。」 「お前もな」 ニヤニヤと笑みを浮かべる雄一さんを僕は軽く睨み付ける。 「いちいちむかつくおじさんだなあ。いいよ!僕もあなたを困らせてやるから!」 そう言って、僕は、体を上に移動させ、彼に顔を近づけた。  目には目を歯には歯をだよ。

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