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リフレインレイン3
「おい!どうしたんだ!!」
いきおいよくドアが開けられ、彼が、僕のところに駆け寄ってきた。
「あれ?雄一さん、そんな血相変えて、どうしたんですか?」
目を開け、きょとんとした顔で、僕の肩をゆする彼の顔を見た。
少しずつ思考が動き出していく。
ああ。そっか。僕、寝ちゃってたんだあ。
「どうしたんですか?じゃないだろ!物音したと思ったら、30分くらいたっても洗面所から出てこないし、なんかあったらと思ってこっちは心配するだろが!!」
一気に彼は、まくし立てた。付き合い長いけど、彼が怒るとこって初めてみたのかもしれない。
「……ごめんなさい。ただちょっと…寝てただけなんで、なんでもないから大丈夫ですよ。」
「そうか。なんでもないなら、いいんだが……。でも、なんで、こんなトコで寝てたんだ?」
さすがに洗濯物見て、興奮して、立てなくなりましたなんていえないもんなあ。
「そりゃ、眠くなったからですよ。ねえ、立つから手かしてよ。」
ふっと笑って僕は彼の前に手を差し出すと、彼の手が僕の手をとって上へと持ち上げた。
立ち上がるとき、ドキッとするくらい優しい眼差しが、僕に注がれ、思わず目をそらしてしまった。
「ホントよかったよ。なんでもなくて」
そう言って、僕が立ち上がった途端、彼が僕の身体をきつく抱きしめた。
「……心配してくれてありがとう」
消え入りそうな声で言って、僕はその胸しがみついた。そして、目を閉じて心地よさに身をゆだねた。
「睦月が素直だとこわいな」
「すみませんね。どうせオレはいつも素直じゃないですよ」
「別に悪いとは言ってないよ。ただ『こわい』って言っただけだぜ。なにか裏があるんじゃないかってね」
「ひっどぉ〜。もっと純粋に物事をうけとれないんですか!あなたってひとは!!」
「かっわいいなぁ、睦月は」
彼が僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「まったくぅ〜、ひとをガキ扱いしてぇ」
顔をあげ、軽く彼を睨みつけた。
飛び込んだ眼差しは、やっぱりやさしくて、僕の心臓がとくんと鳴った。
このぬくもりから離れたくない!
そう思ったら、僕は彼の首に腕を回していた。
「……もうちょっと……このままじゃだめ?」
僕は、彼の耳元に唇をよせた。冷たくて柔らかい彼の耳朶が唇に触れる。
「あんなこと俺にした奴がこんなこといちいち聞くなよ」
「……そうですね」
彼の手が僕の頭をおさえつけると、僕は、耳の後ろに顔を埋め、その匂いをかいだ。
はじめて嗅ぐ彼の匂い。
好きだな。
離れたくない。
強く強く僕は願う。
しばらくして、僕が視線をずらすと、足元にある洗濯かごが目に入った。
あっ!
そういえば、洗濯物を干すのをすっかり忘れてた!!
「ごめんなさい!!」
僕は、彼からあわてて離れ、頭を下げた。
「どうしたんだよ?いきなり謝って」
「洗濯物を干すの忘れてました!」
「へ?」
僕が洗濯物かごに視線を送ると彼もつられてそっちのほうに視線を向けた。
そして、笑いだした。
「はっははははっ…」
彼の笑い声が、リビングに響く。
あの後、僕は、急いで洗濯物を洗いなおし、その間に部屋に彼の布団を敷きにいった。
それで、今は、洗い直した洗濯物をリビングで干しているというわけなのである。
「いいかげん、笑うの止めてもらえませんか!!」
洗濯物を干し終え、僕が、ソファにふんぞり返ってる彼を振り返った。
「ははは…悪い悪い」
「だ〜から笑わないでって言ってるじゃないですか!もぉ」
言いながら、僕は、彼とは逆方向を向いて、彼の隣に座った。
「そんなおこんなよ」
彼が、僕の肩に手をまわした。
「……」
「そうやって、むくれてる顔もかわいいよ」
なんの反応もしめさないでいたら、彼が、耳元で囁いた。耳朶を擽る声に僕は、思わず身震いをさせてしまった。
フッと笑った彼の息が、再び僕の耳朶を擽った。
「前々から思ってたけど、睦月って耳朶よわいよなあ」
わざとらしく、彼が楽しげに僕の耳元で言う。
「前々からって……。何で知ってるんですかそれを!」
「長い付き合いなんだから、見てりゃ分かるよ」
今度は、耳朶を甘噛みした。
ゾクっとしたものが背筋を走り、僕は、首を振った。
「かぁわいいな。」
「いちいちむかつくおじさんだなあ。布団敷いたんだから、早く寝ちゃってくださいよ!」
「え〜ひとりでねるのかよ?」
「当たり前じゃないですか!」
「俺にあんな事したり、抱きついてきた奴がよく言うよ」
彼の言葉に僕の頭に、さっきここであったことや洗面所のことが脳裏をよぎる。
「それは……。その時は、そう言う雰囲気だったからで……。」
言いよどんで、僕は、彼のほうを向いた。
「へえ。そう言う雰囲気ね。……こわいなそれって。」
キスできそうなくらい至近距離で彼が言う。
心臓が、バクバクしてくる。頬が熱い。
逃げなきゃ。戻れなくなる。
理性がそう僕に命令する。
だけど、僕は、彼の腕からも彼の瞳からも逃れようとしなかった。
「そうやって、お前に溺れてったやつが何人もいるんだろうな。でも、お前は、結局は誰のものにもならない。……違うか?」
「そんなことないですよ。それは、あなたのほうだと思うけどな。」
微笑むと、僕は彼を見つめ瞳を閉じた。そして、彼の唇が僕のそれをそっと塞いだ。
「んんんんんっ……うんっ」
二度目のキス。
さっきよりも深く深く僕等は、口づけあう。
やがて、息苦しくなり、どちらともなく唇が離れた。
僕は、彼の肩に頭をつけ、息を吸う。
「……場所変えるか?」
僕の肩を抱き、彼がゾクッとするくらい低い声で僕の耳元で言った。僕は、それにこくりとうなづき、顔を上げた。
「あの時と同じ部屋でいいよな?」
「うん……」
うなづいた僕の唇に彼が、触れるだけのキスをした。
トゥルルルル〜ン。
その時、彼のバッグから携帯の着信音が鳴た。
「睦月、悪い。電話でてくる。」
「はい。」
そして、彼は僕から離れた。
「もしもし、どうしたこんな時間に? え? そうかわかった。迎えに行くよ。ああ、出来るだけ早く行くから。じゃあ」
携帯をカバンに戻し、彼がソファへと戻ってきた。
彼の顔を見れば分かる。携帯の主は、彼の奥さんだ。
一気に現実に引き戻された気がして、僕の中で冷静さが戻っていく。
「…悪い。」
僕の隣に座り、申し訳なさそうな声で彼が言う。
「いいよ。奥さんからでしょ? 早くいきなよ。」
僕が、笑みを作る。
「 悪い本当に。」
「そんなにあやまらないで下さいよ。そうだ。服どうしましょうか?」
「そうだな。俺が、ここに今着てるのを返しに行くから、そのときに交換って事で。」
え?またここにくるの?
そんなの良くないよ。
彼には家族があるわけで。またここで二人っきりになんてなったら、もとには戻れなくなってしまう。
ただの仲のいい先輩と後輩には……。
「やだ。」
そうおもったら、僕は冷たく彼に返した。
「じゃあどうすれば?」
「待ち合わせをしましょう。あの店で。」
「待ち合わせ……か」
「そう。待ち合わせです。そして、交換したら、それぞれの場所にちゃんと帰るんです」
また、僕は笑みを作った。
「睦月……」
彼がひどく傷ついた顔で僕を見つめ、僕の髪に彼の指が触れた。
「だめですって!早くでてってくださいよ!」
僕が彼の指を払い、強く言うと、彼は立ち上がり、バッグを手にとると僕に背を向けた。
「じゃあ。またな」
「はい。またこんど」
お互いに心のこもらない言葉を交わす。
彼の姿が消えていく。
バタン。
ドアの音と共に彼の姿がこの部屋からなくなった。
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