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スコール1
浅い眠りから目が醒める。
まただ。
また僕はソファで眠ってしまった。
あれから、彼と連絡を一切とりあわないまま二週間が経とうとしている。
お互いに連絡先を知ってるわけだから、連絡をとるのは簡単なことだ。だけど、どうも僕は洋服を交換してしまったら、あの日のことが幻になってしまう気がして、彼に連絡をとれずにいた。
自分から『あの店で待ち合わせをして交換したら、もとに戻ろう』とか言っときながら、なにやってるんだろう僕。
はあぁ。所在なさげに部屋の隅に置いてある彼の服が入ってる紙袋に目をやりながら、僕はため息をついた。
トゥル〜トゥル〜。
仕事仲間用の着信音だ。
もしかしたら、雄一さんだったりして。
僕は、急いでソファからおりると携帯のある隣の部屋に行った。
『もしもし。俺だ。寝てるところを起こしたんなら謝るよ』
電話の主はやっぱり雄一さんだった。周りのにぎやかさや彼の声の感じを聞けば分かる。多分、彼はどこかの飲み屋にいるのだろう。
「ううん。平気。ちょうど起きてたから。」
『そうか。こんな時間まで起きてるのか?』
こんな時間……そう言われて僕は、掛け時計を見上げた。時計の針は、ちょうど午前4時を指していた。
「今日はたまたまですよ。あなただって、こんな時間に居酒屋ですか?
」
『さすが睦月。』
「元気ですね。」
『まあな。だが、久しぶりの朝までコースはだいぶ眠いよ。帰りに寝ぼけてお前んちに帰りそうなくらいにな。』
「来ないで下さい。それで、用件は何ですか?」
『ああ。服を交換するの今日の22時ってのはどうかと思ってな。』
「ちょっと待ってくださいね。多分平気だと思うけど……」
僕は、携帯を持ったままバックのところにいき、手帳を取り出した。
あった!今日は、朝10時からのCDドラマの収録と午後からアニメの収録が1本だけだから、大丈夫みたいだ。
「大丈夫です! じゃあ22時にあそこでいいんですね?」
『ああ。悪いな急に』
「いいですよ。気にしてないから。それに早くこの服なんとかしちゃいたかったですしね。これで、すっきりしますよ。」
『……そうだな。お互いに……な。それじゃ、おやすみ』
「……おやすみなさい。」
そう言って僕は携帯をすぐに切った。
携帯から聞こえるツーツーという音が耳から離れなくて、その後、僕は眠れなかった――。
ムカつくくらいの青い空。夕方の6時前だというのに空はまだ明るい。
スタジオを出てすぐ僕は空を仰ぎ汗を拭った。
はあぁ。そして、服のはいってる紙袋に目を落とし、ため息をひとつついた。
「むっちゃん、おつかれっ!!」
「ああ。歩くん、おつかれさまぁ」
僕の横を通った赤井歩 くんに僕は愛想笑いを浮かべ、それを返した。
歩くんは、僕より年上の同じ事務所の同期だ。色黒で外見はワイルド風イケメンだけど、中身はお調子物と言った感じだ。
「な〜んかかなりお疲れみたいだね。どう? 久しぶりに一緒の現場だったんだし、オレと飲みに行かない?」
「行かな〜い。」
彼に顔を近づけ、満面の笑みを浮かべた。
「ひどいなあ。そんな即答しなくてもいいだろ? むっちゃんがオレのこと嫌いなのは、昔から知ってたけどさ。」
「違うって。今日、先約あってさ。」
「そっか。でも、それって何時から?多少時間に余裕あるなら、一時間くらいでもいいから、顔出してもらえたら嬉しいんだけど?ウーロン茶でもいいし。」
「顔だす? て、ことは他に誰かいるの?」
「林がいるよ。」
「ふうん。林くんねえ。……いいよ。2時間ならね。お酒も1杯くらいなら。」
「サンキュー。」
僕が渋々OKすると彼が僕の両手をとってぶんぶんとした。
林 友成 (はやしともなり)くんは、歩くんと同じで年上の同じ事務所の同期である。僕ら同期3人の中では一番今売れている男だ。
まあ、いっか。シラフじゃない方が雄一さんと逢いやすいだろうしね。
歩くんに連れられてきた飲み屋は、僕もなんどか打ち上げなんかで来たことがあるところだった。
店内は狭く、古い三階建てだが、味はそこそこ、値段がリーズナルブルな点が好評な店である。客層は、主に仕事帰りのサラリーマンだ。
僕と歩くんは、店に入るなり、中国人風の店員に三階に案内された。
「よぉ! 歩っ、遅いぞ。こっちこっち」
金髪で歌舞伎町にいそうな雰囲気の男が、僕たちの姿を見つけるなり、隅のボックス席から、声を高らかに手を振った。
「林くん、あんまりデカイ声出すとまた飲み屋から出入り禁止くらうよ〜。」
言いながら、僕は歩くんと一緒に林くんの向かい側に座った。
林くんは、声優の中でも声が大きい部類であり、過去に居酒屋であまりにも声が大きすぎて出禁を食らったことがある。
「大丈夫。大丈夫。ここのひとは、オレの声には慣れっこだから。」
「そういう問題でもないでしょ。」
僕は苦笑いを浮かべた。
「おまたせいたしました」
店員が、生ビールの中ジョッキを三つと枝豆を持ってきて、僕らの前に置いた。
「とりあえず乾杯!」
林くんのかけ声で、僕らは乾杯をした。
「ぶはぁ〜。やっぱ労働の後のビールはいいねえ〜」
歩くんが、いきおいよくジョッキをテーブルに置いたもんだから、僕のシャツにビールが、少しはねてしまった。
「うわっ、むっちゃん、ごめん!! 大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないかも。あーあ、このシャツお気に入りだったのになあ。」
おしぼりで、シャツを拭きながら、僕が上目遣いで歩くんに言う。
「悪かったって。クリーニング代出すよ。だから、許して!むっちゃ〜ん」
歩くんが、眉をへの時に曲げながら情けない声を出す。林くんは、そんな僕らのやりとりをつまみにビールを飲んでいる。
僕は、困ってる歩くんの顔がおかしくって、思わず笑いだしてしまった。
「ははははっ……。ごめんね、大丈夫だよ。すぐ落ちたから。」
おしぼりをテーブルに置き、ビールがはねた所を歩くんにつまんで見せた。
「あ、ホントだ……」
「ね! 大丈夫でしょ?」
年上をいじめるのっておもしろいなぁ。なんて、思いながら、僕はビールに口をつけた。
「ははは。マジ歩って、昔からむっちゃんに弱いよなあ。」
林くんが、最後のひとくちを飲み干し、豪快に笑う。
「お前だって、ひとのこと言えるのかよ!あいつから聞いたぞ。ラジオで、商品の紹介でむっちゃんの名前が出たときに『吉寺睦月なんて懐かしいなあ。今、何してんだろう』なんて、ほざいてたって」
「……へえ。林くん、陰でそんなこと言ってたんだあ。最近、君とはたしかに仕事で一緒になることないし、君とは違って、ハリウッド俳優の吹き替えなんて、やってないしねえ。これでも、仕事は毎日してるんだよ。」
僕が、淡々と言ってから最後に口元に笑みを浮かべて、彼を見つめた。
「ちがっ……違うんだむっちゃん!誤解だって!! ほら、俺はちょっとしたギャグのつもりでさ。分かってるよ、むっちゃんの活躍は。今、ファンタジー系の主人公やってるじゃん。オレあんま元気系の少年役をする事はないから、羨ましいよ、むっちゃんの声。」
林くんが、身を乗り出し、身振り手振りくわえながら、一気に捲し立てる。
「誉めてもラジオで言ったことは、事実なんでしょ? ねえ、歩くん?」
「ああ」
「くあ〜っ!! 歩ぅ、お前、本人の前でそれ言うなよ!」
林くんが、額に汗をかきながら、デカイ声をよりデカくさせ叫ぶ。
別に僕は、陰でそんなこと言われても気にしてないんだけどね。ただ、歩くんにしろ林くんにしろからかうと昔から反応が、いちいちおもしろいからさ。
だから、ついじめたくなっちゃうんだよね。
まあそれが、他人に対する僕なりの愛情表現。な〜んてね。
「林くん、あんまデカい声ださないでよ〜。恥ずかしいなあ。ねえ?歩くん」
「そうだよ林」
「歩ぅ〜!!」
トゥル〜トゥル〜。
林くんの声と同時に僕のバックの中の携帯が鳴り出した。
この着信音は、もしかしたら…
「ふたりともちょっとごめん。携帯出るから、外行ってくる。
あっ、生中僕の分も頼んどいてね。林くん。」
それだけを言い残し、僕は携帯を持って、外に出た。
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