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スコール2

 『睦月、お疲れさま。三上だけどさ。仕事が早く終わったから、少し待ち合わせの時間早くしていいか?』 「え? 早くってどのくらい?」 僕が、腕時計を見ながら言う。時計の針は、19時10分を差していた。 『1時間は? 21時ってのはどうよ?』 「大丈夫ですよ。それじゃ、用件すんだなら、携帯切っていいですか?」 『つっめたいなあ。もう少しやさしくしてくれてもいいだろ?』 「今更、無理でしょ。」 『あーあ、あの日はあんなにかわいかったのになあ。』 「すみませんね。今は、かわいくなくて。ホントに切りますから!!」 『悪い悪い。そんな怒るなよ。反省するからさ。じゃあ、切るよ。またな』 「はい。またあとで」  そう言うと、僕は携帯を切った。  「むっちゃん、どこいってたんだよ?」 歩くんと林くんが、僕の姿を見つけるなり、声を合わせていった。 「ちゃんと外に出る時に携帯かけてくるっていったでしょ?」 「そうだったけ?」 僕が、席に着くと、2人が顔を見合わせまた声を揃える。 「ひとの話ちゃんときいててくださいよぉ。じゃあさ、僕が生中頼んでおいてって言うのも聞いてなかったでしょ?」 「それは、オレがちゃんと聞いてたよ。ほーらな。」  歩くんが、僕の前にある生中を指差した。僕が、ジョッキの中を覗くと、赤や黒や黄色の粒状のものがいくつか浮いたり沈んだりしているのが見えた。 「ごめん! さっき、むっちゃんの横にある七味取ろうとしたら、すこし、はいっちゃってさ」 林くんが、手のひらを合わせて頭を下げた。 「平気だって。味に差し障りは無いって。」 と、歩くん。 「わかったよ。飲んであげる。そのかわり、今日の払いは、林くんもちね」 僕が、二人の顔を交互に見て、にこっと笑う。 「いいよ。なあ?歩」 「げっ、オレもかよ!」 「そうに決まってるだろ?お前も同罪」 「同罪?」 怪訝な顔で歩くんの顔を見ると、彼は、僕から目を逸らし、ビールを一気のみした。 「あれだよ。歩、七味のことを知ってたのに、代わり頼まなかっただろ? そういう意味の同罪」 「ふうん。」 僕は、腑に落ちないといった表情で返事を返した。  なんか怪しいんだよなあこの二人。 「早く飲まないとビールまずくなるぞ」 「わかってる。飲めばいいんでしょ」  林くんに言われ、僕は、それを一気のみした。  別に空腹って訳じゃないし、ビールの一杯くらい一気のみしてもいつもの僕なら大丈夫なはずだった。  だけど、飲み終えた瞬間、頭がクラクラしてきた。 「大丈夫? 耳まで赤いよ」 額を右手で抑え、僕が俯いていると、林くんの声がした。 「あんま大丈夫じゃないかも。」 「むっちゃんてそんな酒弱かったけ?」 「いや、強くは無いけど、そこまで弱いわけじゃないよ。」 僕は、ゆっくりと顔を上げ、林くんを見た。 「だよなぁ。」 言いながら、林くんが含み笑いを浮かべ歩くんの方を見やった。 「オレを見るな。お前が悪いんだろ? オレは、『ビールに七味を入れたら、酔いが早く回るらしいよ』って話をしただけだからな。それをお前が、むっちゃんで、試してみよっか?なんて、実行しやがってよ」 吐き捨てるように歩くんがいった。 「それって、ホント?」 僕が、林くんの目を見てゆっくりと尋ねた。  すると、林くんは、僕から、目を逸らすことなく、コクリとうなづいた。 「バカ歩!! 正直に言うなよなあ。むっちゃん、本当悪い!! まさかこんなによく回るとは思ってなかったからさ」 「林くん、ひどいよ。今日は、これから、人に会うのに……。こんな状態じゃ会えないよぉ〜。何とかしてよ!!」 一気にまくし立てると、余計に頭がクラクラして来た。  本格的にやばいぞ。この感じは。 こんなに酔うつもりじゃなかったのに。  えーと今何時かな?  腕時計を見ると、針は19時53分を差していた。待ちあわせまでに酔いを冷まさないと。  「待ち合わせって何時?」 林くんが、僕の目をじっと見詰め、穏やかな口調で言った。 「21時。ここを40分くらいに出れればいいかな。」 「そっか。それなら、ここでじっとしてればそれまでには、大丈夫だろ? なあ、歩?」 「ああ。じゃあ、ウーロン茶たのもっか?」 僕の表情を伺うように歩くんが僕の顔をみた。 「うん……お願い」 小さく言って、僕は、そのままテーブルに突っ伏した。  眠い。  頭がクラクラするよ。  今日は、雄一さんからの電話で起されて以来寝れなかったから、疲れてるのかもしれない。今日は、ドラマCD1本のみとは言え、ボリュームのあるCDドラマで、モノローグもあるし、濡れ場も多いやつだったから、声も結構張ったし、疲れが今になってきたのかもしれない。 「むっちゃん、寝る? 寝るならオレのとこくれば?端の方が落ち着いて寝れるだろ?」 「う…ん……」 頭上から林くんの声がして、僕は、反応鈍く頷いた。 「はい。じゃあ、立って」  言いながら、林くんが僕のところにやってきて、僕の身体を支えるようにして立ち上がらせた。そして、僕は、彼に身を任せたまま彼が座っていたトコに移動した。 「いいよ。寝てて。時間なったら起すから」 「んー。」 僕は、席を移動するなり、目を閉じてすぐに机に突っ伏した。  僕の隣から林くんの声が聞こえる。と、思ったら、僕はそのまま睡魔に飲まれていった。  浅い夢。  温かくて厚い手が僕の頭をずっと撫でている。そのひとは、優しい視線を僕に注ぐ。 あなたは、誰? 僕がその人が誰なのかを確かめたくて、目を開けると……。  「むっちゃん、35分になったよ。」 林くんに肩を揺らされ、僕は、目がさめた。  結局、その人が誰なのか分からないまま僕は、現実の世界へとひき戻された。 「……うん。ああ。林くん、起こしてくれて有難う。」 「いいよ礼なんて。悪いのはオレの方なんだからさ。」  ふと、視線を歩くんに移すと、彼が笑いをこらえてるのが見えた。 「何か僕の顔についてる?」 「ちがうちがう。おかしいのは林のほう」 「……」 歩くんが、林くんのほうを見やると、林くんが何も言わず、身を乗り出し、歩くんの頭をはたいた。 「いってぇ。むっちゃん、こいつから早く離れた方がいいぞ。危ないから。ほら、これ。」 左手で、はたかれた部分を抑えながら、歩くんが一方の手で僕のバッグを持って、僕に差し出した。 「ありがと。」 僕は、それを受け取るとさっきより酔いは覚めたけどまだなんとなくボーっとはしたまま、立ちあがった。 「林、じゃまだってよ。」 「わかってるよ!」 歩くんに言われ、不機嫌な口調で林くんはそれを返し、僕が通りやすいように立ち上がってくれた。  「じゃあ、おふたりともおつかれさま!」 「おつかれぇ」 と、歩くんの陽気な声。 「大丈夫? おくろっか?」 と、林くんの心配そうな声。 「一人で大丈夫だって。じゃ、またそのうち」 僕は、2人に手を振りながら、階段を下りていった。  外の空気に当たれば、眠気も覚めるだろう。  フリスクを口に2、3粒放り込み、 僕は、雄一さんと待合わせをしている店へと向かった──。

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