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やさしい雨、窓からの青空4

 僕の髪を誰かが撫でる。  その人は、ずっと僕を慈しむように見ている。  ああ。  こんな夢どこかで見たな。  でも、その人はあの時の人とは違う。  あのときは、誰なのか確かめたくて、目を開けたけど、今は目を開けたくない。  多分それは、その人が誰なのか分かってしまってるから。 『夢』から醒めたくないから。  雄一さんでしょ?  「むつ…睦月っ!」 『睦月』彼が呼ぶ声に反応するかのようにパチリと目を開けた。  そうなんだ。 『夢』はいずれは醒めるモノ。  「安心したよ。あのまま目が覚めなかったら、どうしようかと思った」 彼が僕の身体を抱き起こし、そのまま抱きしめた。  あれ?  この感じ。  前にも経験した気がする。  これも夢なのかな?  僕は、彼の首に腕を回した。  二度目に彼がうちにきた日と同じように……。  素肌と素肌が触れあう。  やわらかい地面。  眼下には、足にかかってるふとんと腰に巻いてる彼のタオルが見えた。  やっぱりこれは、夢? 「どうしたんだ? 黙ったまんまで」 「え? なんでもないですよ。ただ今の状況が把握できないだけですよ」 「ああ。あのあとさ。お前気絶したんだよ。それで、俺がこのソファに運んだってわけ」 「そっか。それは、ありがと。」 彼の目を見て言うと、そのまま彼の胸に顔を埋めた。  規則正しい鼓動が心地いい。  彼が、僕の頭を撫でる。  「ねえ?ここ痛む?」  彼の左肩に指先でそっと触れてみた。  彼の左肩には、さっき僕がバスルームで噛んだ痕が、くっきりと残っている。 「こうやって触られれば多少は痛むけどな。俺の方よりお前はいたまないのか?腰とかさ」  言われて気づく鈍い後ろの痛み。 「多少はね。……でも、身体の痛みとか傷はいずれは消えちゃうものだしね」 顔をあげ、彼に微笑みかける。 「……そんな顔すんなよ」 彼に頭を押さえつけられ、肩に顔を埋めさせられた。 「そんな顔ってどんな顔?」 「睦月には、死んでも教えてやんないよ」 「なんかやだな。弱み握られてるみたいで」 「それは、お互い様だろ?」 「そうだね」 彼の手が緩み、僕が顔をあげると、触れるだけのキスが、僕の唇に降ってきた。 「お願いがあるんだけど、このまま朝まで一緒にいてくれる?」 彼の頬に触れ、微笑む。 「いいよ。だから、そういう顔するなよ。俺が泣きたくなるから」  再び僕は彼に肩に埋めさせられた。 一瞬見えた彼の表情は、今にも泣きそうだった。 初めて見る彼の表情に胸が痛む。 「……泣かないでよ、その年で。恥ずかしいから」 「年のことは言うな」 僕の身体は、ソファに沈められた。  重みがかかり、彼の熱い息が耳をかすめる。  ふたりでひとつの賭布団。  ぬくもりをふたりで共有する。  僕らは、お互いの身体に絡み着いたまま狭いソファで瞼を閉じた―。  ―目が覚めたのは、やっぱり僕が先だった。  トゥルトゥル〜。 廊下から聞こえる携帯のアラーム音。 僕は、ゆるく巻かれている彼の腕をそっとほどき、リビングをでた。 「あぶなぁ。こんなところに落ちてたんだ」 玄関にしゃがみこみ、自分の携帯とめがねを拾い上げる。 そして、僕は、眼鏡をかけ、シャツのポケットから落ちそうになってる携帯を直そうとしたのだが…… 「あっ!?」  その時、ポケットから彼の携帯が落ちた。  ―誰かに向かって笑う少女―  僕は、思わずその待受画面に目がいってしまった。 「なにひとの携帯勝手に見てるんだ?」 いきなり背後から声がし、肩がびくっとなってしまった。 「びっくりしたあ。あのさ。これ、りつかちゃんだっけ?……かわいいコだよね」 「ああ。だろ?」 つとめて僕が明るく言ってみると、彼の表情が一瞬にして父親の顔になった。 娘と接するときはこういう顔をするんだな。て、思ったら、彼が遠くに行ってしまったような気がした。 「どうしたんだ?立てないなら手を貸すぞ。ほらっ」  彼が、僕の前に手を差し出した。  「………。」  「………。」  ぼくは、じっと彼の瞳を見つめたままで、その手を素直に受け取ることができない。 彼の表情が次第に怪訝な顔に変わっていく。 僕は、彼から目を逸らし、待受画面を見つめた。 彼が一番守りたいモノは? 彼が一番大切にしたいモノは? 解ってる。 解ってたはずだ。 最初から…。 始まる前から… 「……男同士じゃさ。何も残らないよね」  ぽつん。  待受画像を見つめたまま僕が言う。 「……。」  頭上から彼の痛い視線が注がれる。  でも、上を向くことなく僕は言葉を続けた。  「男と女だったら、こんな風に子供を残すことができるでしょ?」  「なにが……言いたい?」 彼が、僕の前にしゃがみこみ睨みつけるように僕を見る。 「……今の状態って、あなたの都合のいい男(おんな)って感じがしてイヤなんだよね。」 顔をあげ、彼の目を見つめ口元を歪めた。 ちゃんと笑い顔を創るつもりで……。 「……おまえ、役者としてまだまだだな。笑い顔になってないよ」 「はいはい。すみませんね。演技下手で」 「フッ。たしかに都合よく他人に振り回されてるのは、おまえには似合わないよなぁ。普段は振り回す側だもんな。……振り回して悪かったな。だが……お前とこうなったことに後悔はしてないよ。お前を愛しいと感じたのは事実だから。お前に触れられてよかった、少しでも……。」 真剣な眼差しで僕を見つめる。 思わず吸い込まれてしまいそうになる気持ちをかろうじてとどめる。 「……。」  頭上から彼の痛い視線が注がれる。 でも、上を向くことなく僕は言葉を続けた。    ーー「大丈夫?本当に風邪ひかないでよ」  玄関で靴をはく彼に向かって言う。  彼の今の格好はここに来たときと同じだ。脱いだまま放置してあったため、まだ湿っぽさが、残っている。  靴も泥だらけのままだ。 「大丈夫だって。……じゃあそろそろ俺は行くよ」 「うん。じゃあね」  彼が、僕に背を向けドアのぶに手をかけた。  そして…… 「そうだ。さっき天気予報を見たんだが、しばらく雨は降らないらしいよ。」 振り返り、僕に言う。 「ふうん。じゃあ、『雨やどり』の必要はもうないね。」 「そうだな。では、改めてお別れだ」 言って、彼が一瞬だけ僕の頬に口唇を触れさせた。  バタン。  ドアがしまり彼の姿が見えなくなった。  僕は、彼が触れた頬に手を触れてみる。  まだ残る感触。  彼のいなくなった空間に僕がひとり。  これは、僕自身が選んだ結論。  右頬に温かいモノが伝う。  それを拭うと、僕は窓に向かった。  そして、カーテンを開け、窓を開けると青空が広がっていた―。 ★おわり★

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