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※やさしい雨、窓からの青空3
「あの日も雨降ってたよなぁ」
ボソリ。
独り言のように彼が言った。だけど、その目は、バックミラーを通して確実に僕を見ていた。
「そうですね」
僕が、答えたきり車内は、またラジオから流れてくる声しか聞こえなくなった。
あの日─初めて彼が家に来た日─のことが脳裏をよぎる。
ひどく緊張してたっけ。
あの日と変わらないのは、ドキドキを悟られないようしていることで、あの日と違うのは、二人の座っている位置だ。僕は助手席で彼は後部席に座っている。
そう、多分違うのはそれだけ……
車に降りかかる雨の量は増していくばかりだ。
僕も彼もただ雨を見ているだけだ。
「すいません。そこの十字路をまっすぐいって、すぐにある細い路地を左に曲がってください。そしたら、マンションらしきものが見えるんで、そのマンションで止めてください」
「はい。わかりました。それにしてもすごい雨ですよね。」
「はい。そうですよねぇ」
バックミラーにうつる人物を気にしつつ、答えた。
隣にいると、避けたくてしょうがないのに少し隔てて後ろに彼がいると思うだけで、気になって仕方が無い。
どんな顔をしているの?とか何を考えてるの?とか。
なんだか息苦しい。
タクシーが、赤信号で止まった。
「……。」
僕が、バックミラーに目をやると、彼と目があった。
その瞬間、僕は、自分でも驚くことを口にしていた。
「すみません! ここで降ろしてください!」
一斉に運転手と彼が僕の顔を見た。僕は、気にせずに財布から一万円札を取り出すと、それを運転手の手に握りこませた。
「お客さん傘は? 」
「もってないですよ。まあ、走れば10分くらいで着く思うんで大丈夫ですよ。あと、おつりはいらないんで、とっといてください。ありがとうございました。」
それだけいうと、僕は、自らドアをあけ、タクシーを出た。そして、全速力で僕は、走り出した。
そのすぐあとに彼もタクシーからでてきた。
僕らはそのままコンビニの屋根に入った。
「はぁはぁ……。ついてきてくれたんですね」
「はぁはぁはぁはぁ……当たり前だろ。どうしたんだよ急に途中で降りるだなんて」
「なんかあのタクシーの中息苦しくって。外に早く出たくなっちゃったんですよ」
「ふうん。それって、俺と関係してる?」
「まっさか。なにを自惚れてるですか?」
口元を緩め、彼の頬に右手で触れると一瞬だけ彼の唇に自分のそれを触れさせた。
「あーあ。しらないぞそんなことして」
「そんなこというなら、その手はなしてくださいよ」
彼の手は、しっかりと僕の肩を抱いているのだ。
ここのコンビニは、たまに利用するのになぁ。
今後、利用するかどうか躊躇ってしまう。
でも、そんなことよりも今こうして彼に触れている事の方が、嬉しかった。
「おじさん……まだ走れます?」
「ひとを年寄り扱いするな!」
「じゃあ。いきますよ」
彼の手を掴むと僕らは、雨の中を家へと向かって走りだした。
僕らっていくつだっけ?
そんなの忘れてしまうくらいに僕らは雨の中を駆け抜けた。
誰にも邪魔さえず、二人きりになれる場所を求めて……。
深夜のマンション。
エレベーターの前で、全身ずぶ濡れな2人の男の荒い息が響く。
2人とも無我夢中にどしゃぶりの中を走ったせいか、靴もズボンにも泥が点々と跳ねている。
「大丈夫ですか?」
「なんとか。でも、こんなに走ったのは、久しぶりだよ。」
「僕も」
お互いに顔を見合わせて笑う。
温かい時間。
まるで、ここには、僕と彼しか存在していないみたいだ。
「そういう顔、久しぶりに見るな」
ぽつり。彼が言った。
「そうかな?」
「少なくとも最近俺の前じゃ見せてないよ。」
「……。」
真剣な眼差し。
いつものぼくなら、逸らしてたかもしれない。
だけど、僕は、それを受け入れるように見つめ返す。
「眼鏡とっていい?」
「うん。いいけど、なんで?」
「外でお前の素顔が見てみたかったから」
「ふうん」
彼の両手が、僕の眼鏡のつるに伸びた。僕が、彼がはずしやすいように顔を前に出すと、彼は丁寧にそれをはずし、自分のジャケットのポケットにしまいこんだ。
いっきに視界が、ぼやける。
「僕、裸眼で外に出ることって、あんまないからさ。けがしたら、あなたの責任ね。」
「わかった。」
にっと笑ったかと思うと僕の腰に彼の腕が回された。
「こうすりゃ、だいじょうぶだろ?」
「まあね」
不機嫌そうに答え、エレベーターのボタンを押した。
エレベーターは、すぐに開いた。腰にまわされた腕は、そのままに僕らは、それに乗った。
僕が、目的階のボタンを押すと、彼の腕がより強く引き寄せられた。
湿った衣服と衣服が、触れあう。
僕は、少し冷えている彼のその手に自分の手を重ねた。
「冷たい手してんな」
「それは、お互い様でしょ」
「そうだな。なあ、睦月? もう少し近くでお前の顔が見てみたい」
「いいよ…。」
僕は、彼の首に腕を絡めた。
そして……。
「んんっ…」
顎を捕らえられ、塞がれた口唇。
壁に押しつけられた背中。
貧るように交わす口づけ。
身体は、冷たいはずなのに芯は熱くなってく変な感覚。
まるで、彼に生気を吸われているようで、身体中の力が、抜けていく。
チンッ。
エレベーターが目的階で開いた。
僕からそっと彼の口唇が離れる。
僕が、口唇を拭おうと彼の首から片手を離すと、下方に身体が沈みそうになり、彼の腕が僕の腰を支えた。
「危ないなあ。大丈夫か?」
僕の顎から離した手で『開』を押しながら、意地悪そうに彼が微笑む。
「全部あなたのせいだからね」
僕は、口唇を拭いながら、彼を睨みつける。
急に彼の表情が変わった。
「……分かってるよ。何もかも俺が悪いんだ」
目を伏せ、寂しげな笑みを浮かべる彼。
なんだろ?
胸が締め付けられるように痛い。
僕は、再び、彼の首に腕を絡ませ、肩に顔を埋めた。
「……そう………だよ」
明るくいつもの僕みたいに答えるつもりが、声が震えた。
彼の手が僕の髪を撫でる。
「おまえ、言ってることとやってることが伴ってないぞ。」
「分かっ……てる」
まただ。
また、声が震えた。
「しょうがないやつだ。随分、冷えてるな。早く部屋に入ろう」
優しく彼が腕を自分の首からはずし、僕の腰を強く引き寄せた。
――シャワーの音は雨音に少し似ている。
僕らは、玄関からバスルームへ一枚ずつ脱ぎながら、バスルームへと飛び込んだ。
そして、向かい合って、頭上から暖かい雨を浴びながら、抱き合う。
凹凸がない分、隙間のない身体と身体。
嘘のつけない距離。
ふと、暖かい雨がやんだ。
顔をあげ、彼の顔を見つめる。
彼の左手には、シャワーが握られていた。
「ずっとこのままってのも風邪引くだろ?」
「そうだけどさあ」
不満気に言い、唇をとがらせる。
「お前、いくつだぁ? わがまま言うなよ。ほら、洗ってやるから後ろ向け」
彼に腕を離され、くるりと僕は後ろを向かされた。
「ちょっと顔あげて」
言われるまま、僕が顔をあげると、首筋に泡立てられたスポンジがゆっくりと優しく撫でられた。そのあとにシャワーが追う。
そして、腕、胸から腹、背中へと同じことを繰り返していく。
けして、直接手で触れようとはしない。だけど、背後からの舐めるような視線を痛いくらいに感じる。
まるで、視姦されているみたいだ。
振り向こうと思えば振り向けるのに僕の身体は、動けないでいた。
「こうやって、灯りのある場所で改めて見ても、睦月ってきれいな肌してるよな。『男』って、感じがしない。」
「それじゃあ、僕が女に見えるの?」
どうやら、彼は膝立ちになっているようだ。僕の尻を丁寧にスポンジで撫でている。
その感触が、直に触れられているみたいで、初めて彼に尻を撫でられた時を思いだし、ぞくぞくしてくる。
「それも違うだろ。どう見たって、お前に胸はないし、俺と同じモノが着いてるだろ?」
ジャー。
シャワーの湯が、尻に当てられる。
それは、ただ泡を落とすためというよりは、後ろの中心に集中的に当てられている。
ゾクゾクしてる感覚が一気に増幅していく。
「もう少し足広げて」
言われるままそろそろと足を開く僕。
スポンジが、へそのあたりへとの伸びてきた。
僕は、その様子をただ目線だけで、追う。
ゆっくりとそれは、今まで以上に丁寧に僕自身を撫でていく。
「は…ぁっ……ぁ…ぁ…」
下半身の力が抜けていく。
僕は、小さく喘ぎ、両手を壁に着いた。
「お前は、お前だよ。お前だから……」
最後の言葉を誤魔化すように水圧を上げたシャワーが、とどめとばかりに僕自身に当てられた。
「あっ!?」
僕の口から嬌声が漏れた。
「危なっ!?」
たっていられず、ひざまずきそうになった身体を彼の腕がささえた。
スポンジがその場に落ちる。彼の指が、僕の肌に食い込む。
僕の背に雄の感触がリアルに伝わる。
「さっきと同じだな」
腕を伸ばし、彼がシャワーを止め、元の位置に戻した。
「違うよ。さっきは、前からだったし、それにそんなものが、僕の背中には直に当たらなかったよ」
片手を後ろに回し、彼自身に触れた。
「そうだな。お前には負けるよ」
彼自身に触れている僕の手を彼の手が握る。
「顔が見えなきゃやだよ」
首だけで向き、彼に言う。
「分かってる。俺もお前の顔が見たい」
「それなら…」
僕は、視線だけで、蓋のしてあるバスタブを促した。
バスタブの蓋の上に浅く腰掛ける彼。
その膝にまたがる僕。
左手で頭を抱え込まれ、肩口に顔を埋めた。
ぐちゅ。ぐちょ…。
卑猥な音が、僕の脳内に鳴り響く。
僕の左耳の中を蹂躙する舌。
耳朶をなぶる口唇。
平らな胸を撫でる手のひら。
甘い痺れが全身をかけめぐり、身体が火照っていく。
さっきシャワーを浴びたばかりだというのに僕の背に汗がにじむ。
快感に溺れそうになるのを必死に堪えながら、僕の右手は後ろ手で彼自身をしごいていく。
「こうしてる時くらいもっと素直になれば?」
耳朶に歯を立て囁く。
言葉とともに吹き込まれたなま暖かい息に僕は、彼の肩に歯を立て、漏れそうになる声をかみ殺す。
「やっぱ、弱いよな耳」
「やだっ……しゃべんないでそこでっ……ぁっ………」
わずかに漏れた声に反応するかのように彼自身の増量が増した。
荒い息が僕の耳に吹き込まれ、僕の背にまわされた指にも力が入る。
あと少し…
「……睦月、いいか?……はぁ………くっ」
いったん、僕の耳を犯す動きが止まる。
そして、僕の手の中に粘りけのある液が放出された。
「これでおあいこだね」
僕は、上体を上げ、指でその液を掬うと、彼に見せつけるようにそれを舐めた。
口中に苦いようなしょっぱいようななんともいえない味が広がる。
「……いやらしいヤツ」
彼が右手を伸ばし、僕の左耳に触れる。
「その手のほうがいやらしいと思うけどな」
欲望に満ちた瞳とぶつかり、淫蕩な笑みを浮かべる。
ゴクリ。
彼の咽仏が上下するのをみおろす。
「どっちが、いやらしいか比べてるか?」
彼が、恐いくらい押し殺した声でいい、僕の腰に腕を回した。
引寄せられ、身体が少し沈むとなにかが僕の尻の後ろに触れた。
それは、ついさっき萎えたばかりの彼自身。
熱を持ち始め、今にも貫きそうないきおいを感じる。
「優しくしたいんじゃなかったの?」
「ん?」
「前にバーで言ってたでしょ?『もっと睦月にやさしくしたい』って」
「そうだっけ?」
「うそつき……」
僕は、彼のくびに腕を回し、なんも馴らしていないソコに彼自身を受け入れようと自ら腰を沈めていく。
張り裂けんばかりの痛みと胃がせり出すような圧迫感。
再び僕は、彼の肩に歯を立てる。
「無理するなよ」
優しい声音。
顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
そして、下唇を吸い、そのまま彼はさっきとは逆の耳を侵す。
この間とは、違って彼の指は、優しく僕の肌を撫でる。
「はぁぁ…」
痛みは、簡単に快感へとかわっていく。
バスルームに僕の掠れた甘い声が響く。
より強く腰を引寄せられ、彼自身が最奥へと到達した。
「ぁっ……はぁぁぁ」
腰を何度も突きつけられ、頭の中が真っ白になっていく。
荒くなる彼の息は、僕の耳を刺激し、僕の快感を増徴させる。
「……ぁ……睦月ぃ………はぁ…睦月…」
何度も彼に名を呼ばれる。
まるで、愛しい人を呼ぶように。
「はぁぁぁん……ゆ………う……いちさぁ……ん………あっゆぅ…ぃちさん」
僕も何度も呼ぶ。
愛しいから。愛しくて……。
たとえ刹那でもいい。
彼と隙間なくつながっていたいから……。
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