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やさしい雨、窓からの青空2
「ここでオレがこう言うから、むっちゃんはここで入って。」
「はい。じゃあ、ここはこういう感じで入った方がいい?」
「そうだね。」
なんて、本番直前の林くんや雄一さんとの最終確認。
僕の目の前には雄一さんが座っていて、その隣に林くんが座っている。
林くんとしゃべっているのに、感覚は、僕をじっと見つめる雄一さんの視線に集中してしまう。
「リスナーさん、聞いてください。このおじさんひどいんですよ〜。ずっとラジオの最中、ひとの膝を蹴るんです」
「それは、睦月が俺がハガキ読んでるときに笑うからだろ!」
「と、まあ見えないところで争いが繰り広げられていた今回のラジオでしたが、来週は穏やかなゲストと共にお送りいたします。」
「ちょっと、林くんまで僕ゲストなのにぃ~。」
「「では、また来週お会いいたしましょう。」
「ちょっとぉ……」
そして、フェードアウトする僕の声。
ラジオ収録は、なんとか無事に終了した。
なんとかっていうのは、前々から雄一さんのラジオにゲスト出演する時は、きまって、彼が僕が原稿を読んでいると変顔をしたりとか僕のじゃまをしてくるんだけどさ。
今回なんて特にひどい。
収録の時は、『膝を蹴ってくる』なんて表現をしたけど、実際は、足で膝から内腿を緩やかになで上げてきたんだよ。しかも、頻繁に。
彼は、顔色ひとつ変えず番組を進行していくもんだから、彼の隣の林くんすら気づいてないんだよ。だから、ラジオ収録中、僕は、平静を装うのが本当に大変だったんだから。
「おつかれさまでしたぁ」
「ちょっと!? 雄一さん、さっきのあれはなんなんですか‼」
スタジオをでた直後、僕は彼を呼び止めた。
「怒るのは、美容によくないぞ。」
彼が、おでこを軽く指先ではじいた。僕は、おでこを押さえながら彼を睨み付けた。
「このセクハラじじい〜!!」
「セクハラってのは、だな。いやな場合のみ使うんだよ。お前の場合はあん時悦んでただろ?……ほらな。」
彼が、僕の下腹の方をさっと撫であけた。
「ちょっ…!? 何するんですか!」
「いいなあ。若いって」
一瞬たじろいだ僕の肩を彼がニヤニヤしながら抱いた。
どうやら彼には、僕自身が変化してたことがバレてたらしい。僕としては、大きめな半袖のシャツをTシャツの上から着てるから、股間も隠れるし、バレないだろなあと思ってたのになあ。ジーンズなんかはくんじゃなかったよ〜。
「ふふ。いいでしょ?僕はいずれあなたと同じ年齢になることはあってもあなたは僕の年齢になることはできないもんね。」
僕は、笑みを浮かべその手の甲をつねった。
「っ!!」
すると、苦痛に顔をゆがめ彼の腕が僕から離れた。
「痛い? なら、気安く僕に触んないでよね。」
そういうと、僕は赤くなった彼の手のこうをちらりと見やると、彼に背を向けた。
まったく、このひとは、あたり構わずひとに触れてくんだから。それを周りは『三上雄一の普通』だって、認めちゃってるから困るんだよね。
「おっまえなあ。そんなこと言って、おまえだって、ひとに触るだろ? お前が女だったら、相当な人数勘違いさせてるぞ。」
「へえ」
僕の後を追うように彼がついてくる。僕は、振り向きもせず、楽屋のドアをあけた。
「林くん、お疲れさまぁ」
「むっちゃん、お疲れ。あ、雄一さんもお疲れさまです。」
「『雄一さんも』って、ひとをついでみたいに言うな。」
「今日のゲストは、むっちゃんでしょ? ゲストはいたわらなきゃ。」
林くんが、さっき座っていたイスで足をくみながら、煙を吐いた。
灰皿の中には、何本か同じ銘柄のタバコの吸い殻が入っている。多分、僕たちが、戻るのを待っていてくれたんだろう。
「お前ら、もっと先輩を大事にしろよ。」
雄一さんが、ぼすっと音をたてながら、さっきの席に座った。
「オレたちは敬ってますよぉ。ねえ? むっちゃん」
僕がバックを持って、彼らの向かい側で台本や筆記用具をしまっていると、林くんが僕の方に視線を投げかけた。
「とりあえずは……ね。」
林くんと視線を合わすことなく無愛想に僕は、答えた。
「林、火貸して」
雄一さんが煙草を口にくわえ、林くんの前にそれを向けると、林くんが、雄一さんの煙草の前に手をかざし、ライターで彼の煙草に火をつけた。
「林くんがそうやると舎弟と親分ぽいですよねえ。雄一さんも派手なスーツ着るとカタギに見えないし。」
頬杖をつき、二人を交互に見ながら僕が言う。
「それって誉めてんの?」
「さあ。考えれば分かるでしょ?」
林くんが、笑みを浮かべながら僕に聞く。
なんだろ?この林くんに対しての苛立ちは。
くやしいけど、嫉妬てやつなのかもしれない。
僕は林くんの言葉を切るように答えた。
今度いつふたりに会えるか分からないけど、こういう場合は、早めに帰った方が良さそうだ。
「ふたりともお先に失礼します」
言って、僕がテーブルに手をついて立ち上がると、雄一さんがその手首をつかんだ。
僕の動きが止まる。
「何?」
「いいだろ? 三人で呑みにいこうぜ。さっきのことは、俺が悪かったよ。」
彼がすがるように僕の目を見つめた。
こんな顔されちゃイヤだっていけないじゃないか。
「しょうがないなあ。もちろんあなたのおごりですよね?もちろん2人分」
口端を少し緩め、彼の目を見つめ返す。
「……分かったよ。」
「やった。林くん、今日は雄一さんのおごりみたいだよ。」
にっこり微笑み、僕は林くんに視線を移した。
「マジすか? 雄一さん、ありがとうございます!」
「はあ〜」
林くんが言うと、雄一さんが、深いため息をついた。
少し、古い感じのする居酒屋。
僕らは、ラジオの時と同じように四角い木のテーブルをはさんで座っている。
このふたりといる時は、つまみはあまりない。お通しの野菜スティックと串焼きの盛り合わせがテーブルにのっているだけだ。ふたりは、焼酎の水割り。僕は、ビールで、とりあえず乾杯した。
七味をかけて、もも串を食べていると、この間、林と歩くんと呑んだときのことを思い出してしまった。
「おふたりは知ってますか?ビールに七味を入れると、酔いが回るのが早くなるって。おふたりは、強いから大丈夫そうですけどね。」
あえて、林くんの方を見ながら、言ってみる。
微妙に気まずそうな顔を浮かべる彼の顔を見ているのは、おもしろい。
「それって、誰から聞いた?」
雄一さんが、反応した。
「歩くん。」
「ああ。それなら、情報源は、俺だ」
「ああ。あなただったんですか‼」
「どうした? 過剰反応して。まさか盛られたとか?」
「……違いますよ。」
林くんをちらっと睨む。
「雄一さんなら、若いときに女にやってそうっすよねぇ」
林くんが、わざと大きな声をだし、林くんが雄一さんを見た。
「そうそう若い頃は、よくやったよ。……って、何言わすんだ‼ 林っ。でも、若い頃は媚薬の研究はよくしたなぁ。林は、何もしなくても女がよってくるからそんな小細工必要なかっただろ?」
「なにをおっしゃるんだか……。」
林くんが、苦笑いを浮かべ、焼酎を飲み干した。僕は、そんな二人のやり取りを見ながら、ビールに口をつけた。
そのあとは、今日のラジオでのお互いの反省をしたり、林くんとプロ野球の話で盛り上がったり、そうこうしているうちに夜中の2時近くになってしまった。
「タクシーじゃないと無理ですよね」
お会計を待っている間、僕が言う。
「俺、呼びましょうか?」
林くんが提案する。
「そうか。俺が睦月と一緒に乗るから二台で頼むよ。」
「はい。分かりました。でも、たしかむっちゃんと雄一さんって逆方向なんじゃ?」
「そっち方面による用があるんだよ。」
「ああ。愛人の家ですか? 気をつけてくださいね。」
言って、林くんが携帯を掛けに外にいってしまった。
残されたのは、『愛人』てことばに一瞬ドキッとしてしまった僕と意味深な笑みを浮かべる賢雄さん。
「本当に来るんですか?」
「いいだろ? 逢いたかったんだから。」
サラリと彼が言ってのける。
たしかに僕も逢いたかったけど…。思わず言いそうになった言葉を僕は、止めた。
言ってしまったら、負けな気がしたから。
「役者ってイヤですよねぇ。特に外画なんてやってるとそういうセリフ平気で言えちゃうでしょ?」
「ひどいなぁ。本心なのに。」
「タクシーすぐ来れるみたいですよ」
僕と雄一さんは、立ち上がり三人で外にでると、十分もしないうちにタクシーがやってきた。
「おつかれさまでした!」
「おつかれぇ」
なんて言葉を林くんと交わして、僕と雄一さんは、同じタクシーに乗り込んだ。
あと、十五分ばかりで家につく。
そんな時だった雨が降り出したのは…。
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