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やさしい雨、窓からの青空1

 ──あれから、2週間が過ぎた。  彼とは、一度も逢っていないし、連絡も取っていない。  逢いたい。  でも、逢ってはいけない。  だから、せめて声だけでも、聴きたい。  あのバーで久しぶりに逢う前では何ヵ月も顔を合わせなくてもこんな風に彼の事を考えることは、なかったのに。  知り合わなくてもいい部分まで知ってしまったから、欲が深くなってくる。  僕は、何度か携帯から彼の連絡先を呼び出しては、思いとどまっていた。  彼が、女で、独身ならこんなに連絡を躊躇ったりはしない。むしろ1時間でもいいから逢う時間があれば連絡をしている。  彼が彼だから、意地とかプライドとか理性が僕の想いの邪魔をする。  「えーと、今日はAスタジオじゃなくてBスタジオのほうに16時入りだよね。」 僕は、カフェで紅茶を飲みながら、スケジュール帳を開き今日のスケジュールを確認する。  本日のお仕事は、朝10時からのCS放送のナレーションの収録と16時からのラジオ収録の2本。  そのラジオ番組って言うのが、厄介なことに林くんと雄一さんがパーソナリティをしている番組なのだ。  仕事で逢うのは、仕方ないよね。  そう自分に言い聞かせる。  逢えるのは、正直言って嬉しい。だけど、気まずさもあるわけで。  僕は、複雑な気持ちを抱えたまま、次の仕事場へとむかった。  今にも雨が降り出しそうな空の色にも気付かずに……。  コンコン。  僕は、会議室のドアをノックした。  ラジオ収録の打ち合わせは、ここで行われる。ここは、会議室とは言っても、奥に軽い仕切りがあり、その向こうは、二、三人用のメイク室になっていて、楽屋もかねているのだ。  「どうぞ。」 「林くん、おはよう。」 中から聞きなれた張りのあるバリトンが返ってきたので、僕は、挨拶をしながら、中に入った。  部屋の中央には、長机があり、林くんは、手前から三つ目の椅子に足を組んで座っていた。 「おはよ。この間は、彼女いるのに電話して悪かったね」 「この間? ああ。それなら、こっちこそペンケースわざわざありがとうございました。」 言いながら、僕は、バッグを端の椅子に置いた。そして、スタッフから貰った僕宛のお便りやメールの束を長机におき、彼の隣に座った。 「いえいえ。むっちゃんに礼を言われると調子狂うなぁ。」 「僕だって、お礼を言うときだってあるよ。たく、相変わらず、失礼な口だなっ。」 僕が、彼のシャツの襟首を掴み、睨み付けたまま顔を近づける。 「ごめん、むっちゃん。それ苦しいから離して下さい。オレが悪かったよ。だから、睦月様~。」 林くんが、僕の手に自分の手を添えながら、情けない声を出す。  そろそろ離してあげようかなと思っていると……  ガチャ。  ドアが開いた。  「お前ら、誰もいないからって、いちゃつくなよなぁ。」 雄一さんが、いやらしい笑みを口元に浮かべ、僕達のところにやって来た。 「「何、言ってるんですか!?」」 林くんも僕もお互いから手を離し、声を揃え、雄一さんを軽く睨みつけた。 「うわぁ。こわっ。悪かったて。二人して睨むなよな」 「「そう。わかってくれればいいんです。」」 再び声を揃えた僕と林くんは、長机に置いている自分用のお便りの束に手を伸ばした。  「そこ、俺の席。」 雄一さんに肩を叩かれ、僕は振り向いた。 「ああ。すみません。荷物どかしますから」 「じゃなくて。睦月が座ってるトコに俺は座りたいの」 「いいじゃないですか。こっちでも」 「やぁだ。」 「わがまま」 僕は、端の席へと移動すると、雄一さんが僕の隣に座った。 自分当てに届いたお便りを選ぶ作業は、結構楽しい。思わず、仕事を忘れて、クスっとしたり頷いたりしてしまう。そんな中からオンエアー用に2枚だけを選んでいくのは、酷といえば酷な話だ。ちなみに林くんと雄一さんは、コーナーを2人で分担してお便りを選んでいるらしい。  「一人で笑って。危ないなぁお前。」  ボソリ。  僕の隣から声がした。隣を向くと、雄一さんと目が合った。 「ちゃんとそっちは、選んだんですか?」 「おう。もちろん。台本も目を通したよ。だから、暇でさぁ。」 彼が、僕が座っているパイプ椅子の背凭れに手を置いた。 「だからって、顔を見なくてもいいでしょ?」 「ははは……。いいだろ? 減るもんじゃないんだから。」 僕の耳に唇を近づけ、息を吹きかけた。生暖かい何ともいえない感触に僕は、首を振り、彼の顔を手のひらで押しのけた。 「やっぱり耳弱いよなぁ。」 くすくすと彼が笑う。 「林くん、このおじさんと席変わってもらえませんか? 気が散って、選べないんだけど?」 雄一さんを無視するように僕は、身を乗り出し、林くんのほうを向いた。 「むっちゃん、どんな時も役者は、集中力が大事だよ。俺、トイレにいってくるから、スタッフがもしも来たら『トイレにいってる』って伝えておいて。じゃ!」 「ええ!? ちょっと、林くん……。」  林くんは、笑みを僕に向け、ここから出て行った。  ここには、僕と雄一さんしかいない。  そう思うと、忘れていたどきどき感がよみがえって来た。 「どうしたんだ? ずっとドアの方を見たままで。そんなに林がいなくなって寂しいか?」 「そんなんじゃないですよ。」 「それなら、俺を見てくれてもいいだろ?」 彼が、僕の顎を捕え自分の方へと向かせた。 「まだ、選んでないですけど……」 僕は、視線だけどテーブルのお便りの束に向ける。 「嘘ばっか言って。とっくに選び終わってたくせによ。これとこれだろ?」 彼が手を伸ばし、右上の角を折ってあるお便りを掴んだ。  やっぱり、彼には敵わないや。    「っ……」 僕が、諦めたように目を伏せると、顎をクイっとうえに上げられ、彼の唇が僕のそれに重ねられた。  ほんの一瞬だけ。  でも、確実にそれは、ぼくの体温を上昇させた。  「睦月ってやっぱりかわいいな」 「………。」 僕の顎を捕えたまま彼が言う。僕は、睨むように彼の目を見つめ返す。 「そんな恐い顔すんなよ。……そろそろだな。」 「?」  彼が、ドアの方へと目を向けた。  トントン。 外からドアをノックする音が聞こえた。 「そろそろ打ち合わせはじめてよろしいでしょうか?」 「どうぞ。でも、林くんはトイレに行ってるよ。」 ドアの向こうから声がしたので、雄一さんが答えた。 「ひどいなあ。オレの声忘れるなんて」 ドアを開けて最初にでてきたのは林くんで、その後ろから、構成作家やディレクターが入ってきた。 「もしかして、今の声って林くん?」 「そう。ひどいよなあ二人ともオレの声だって分からないなんて」 言いながら林くんは、さっきの席に座り、僕たちの前にスタッフたちが座った。 打ち合わせ内容は、台本を見ながら、流れを確認し、ゲストが進行するという新コーナーについての話をした。  打ち合わせが終わると、僕らはブースに入った。

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