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第7話『好みのタイプ』

 午後の活動も終え、晴れ晴れとした気分で正門へと歩いていた大地(だいち)は、見慣れた顔を見かけ、跳ね気味に駆け寄った。 「ユウちゃん!来てたなら体育館に顔出してくれてもよかったのに!こんなところで何してんの?」 「うーん、散歩?的な?......いやぁ、邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ。」 優大(ゆうだい)はニヤニヤしながら何か含みのある言い方をした。  優大は、智治には負けるが身長も高いし顔もいい。ニヤニヤした顔にも嫌味っぽさは無く、爽やかだった。ファンクラブとまでは行かないが結構な人気がある。高校からの馴染みではあるものの、優大と一番仲が良いのは自分だと自負している。そして、顔や勉学が優れている優大の事を大地は友達として誇りに思っていた。  自分の事をあまり語りたがらないから知らない事も多いけど、どちらかというと俺は喋りたい方だし、一緒に居て心地いいから相性はいいんだなって思ってる。 「ん?邪魔?......あー!まぁ、確かに奇数になると1人暇になっちゃうもんな!」 「......フッ。ああ、そうだな。」 優大は一瞬、目を丸くしたが、優しく笑ってそう言った。 「ところで、今日はどうだったんだ?嫌われてるかもって言ってたろ?」 「おう!今日はイタズラ仕掛けてみたんだけどよ、タカちゃんが体制崩しちゃって俺がなんとか支えたんだけど、それがさぁ、どこかでーー」 「んん?タカちゃん?急にそんなに仲良くなったのか?」 その質問に大地は頭をかいた。 「あー、ユウちゃんは俺が『三ツ橋』って呼ばれるの好きじゃないって知ってるだろー?だからさ、『大地先輩』って呼んでもらう代わりに『タカちゃん』って呼ぶことにしたんだよ~。」 優大は納得したようで大きく頷いた。 「お前、あんま気にしてないって言う割には嫌いだよなソレ。まあ、俺も同じ立場だったら...って考えたらわからなくもないけど。」  大地は親の再婚により名字が変わっていた。高校に入学した時にはすでに三ツ橋になっていたので、誰も気遣うことができなかった。幸い、大地の明るい性格から、名字で呼ぶ人はほとんどいなかったし、私立の中高一貫校だったのにも関わらずほとんどの人と仲良くなることができたのだった。その中でも優大は父親が嫌いという点で共通していて気が合った。 「だって未だに自分の名前だって感じがしないんだよ仕方ないだろ!......んで、話戻るんだけど、タカちゃんを抱えた時、どこかで同じようなことあった気がしたんだよね。ユウちゃん知らない?高校生だった気がするんだよね。」 優大は真剣な顔で考え始めた。しばらくして、口を開く。 「いや、記憶にないなぁ。もしかしたら俺と出会う前なのかもな。」 「ってことは......会ったの1年の後期になってからだから、大体半年間か!......うーん、それがわかっても全っ然思い出せないんだよなぁ。まあ、いいや!こーゆーのって考えても無駄って決まってんだ、いつかふと思い出すだろ!俺、そろそろ帰るな、じゃあ!」 「ちょっと待て。1つ質問させろ。」 優大は通り過ぎようとする大地の腕を掴んだ。 「ん?なに?」 「...お前の好みのタイプってなんだっけ。」 「はあ?いつも言ってんじゃん。そりゃあ胸が大きくて可愛くて性格が良いーー」 「ーー男、か?......バイトのことも知ってんぞ。」 「............」  大地は優大が今まで見たことのない、目から光が消え、『虚無』と表現すればいいのだろうか、そんな表情をしたまま凍りついた。それは紛れもなく『肯定』であった。 「......俺は全然気にしないぞ?俺の一番の親友は世界中でお前だけだ。暴いたみたいな感じになったのは本当にすまない。配慮が足りなかった。だからそんな顔をしないでくれ。頼む......」  優大は必死に言葉を紡ぐ。  こんなことになるなんて思ってもみなかった。自分は他人になんて言われようと自分を曲げるつもりは無かったし、所詮人と人が完璧に理解し合えるなど考えていなかった。お金がいかに大事かもわかっていた。  今回の落ち度はそれが大地にとっても同様だと考えていたことだった。いくら気が合うといっても、いくら優大が大地を評価していようとも、考え方が全く同じであるはずが無かったのだ。 「...最近、好みのタイプ何度も聞くなぁ認知症かなぁって思ってたんだけど、俺にチャンスくれてたんだな。悪い、全く気づけなかったわ。ハハ」 大地は今できる精一杯の普段通りで笑った。 「...俺、弟のことが好きなんだ。」 「...へえ。......ん?は?はあああああああ??」 驚きのあまり色々と考えていたものが吹っ飛んでしまった。 「ホントはもっと円満に秘密を共有するつもりだったんだ。お前、男好きだよな?俺も。みたいにさ。まさかあんな反応するとは思ってもみなかったんだ。悪かったよ。」 「いや、そうじゃなくて!え?いや、そうだけど!弟いるなんて聞いてないんだけど!?いやまあ、円満に秘密を共有ってのもマジで理解不能ではあるんだけど。」 「一個下なんだけど、言ってなかったし、腹違いだから似てないし、俺、弟に嫌わてんだよね。」 「......は!?はぁ!?はあああああ!?!?」 もはや処理し切れない情報量に大地は頭を抱えると同時に、優大のことを変わってるなと初めて思ったのだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「どうでした?うまくいきました?」 優大を大学近くの別荘まで送る車の中、車を運転しながら(ひろ)は尋ねた。 「......ああ。」 「本当ですか?優大様は他人とは違う感覚を持ってらっしゃるので不安です。」  寛は優大が選んだ唯一の同い歳の使用人だ。友達らしい友達が欲しくて連れてきたが、使用人は使用人でしかなく、当時はガッカリしたものだ。数いる使用人の中で一番友達に近いのは確かなのだが。  優大は、家が裕福であることから金目当てで近づいて来る奴が絶えず、うんざりしていた。そんな中、金の有無に関わらず友好関係を広げていく大地に興味を抱いていたのだ。 「それを言うなら家の人間全員変わってるだろ。」 「まあ、確かに。......あっ、いや、これ他の人には言わないでくださいよね!それと、調査報告書そこに置いてあります。それ、何に使うんですか?」 寛は『調査報告書・松田青也(まつだせいや)』と書かれた封筒をチラリと見た。 「スパイスに使うんだ。だってその方が面白いだろ?......それと、変わってるぐらいだったら言っても多分大丈夫だと思うけどな。実際、みんな変わってるし。」 「そ、それはそうと!ちゃんと本当の事を混ぜましたか?」 「当たり前だ。嘘つく時の基本だろ?」 窓の外の景色を見ながら、優大はニヤリと笑うのだった。

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