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第10話『運命と言う者』
最初に気づいていれば、『運命』という言葉に流されなければ、お互い傷付かずに済んだのかな。
あの時、翔 に向き合えていれば、言葉を選べていれば、お互い追い込まれたりしなかったのかな。
そんなこと、今更考えたって仕方ないのに。
俺は逃げたんだ。
狡かったのは俺だったんだ。
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朝の雨が嘘だったかのようなよく晴れた空を見ながら、青也 は制服のまま駅と反対方向の本屋へと向かっていた。普段なら駅前の本屋でいいが、今日は青也の好きなBL作家の新刊発売日。誰かに見られてもまずいので人通りの少ないこっちの本屋を選んだのである。この日をまだかまだかと待ち望んでいたのだ、心なしか足取りがいつもより早い気がする。
本屋に到着すると、一直線に新刊の棚へと向かう。いつもながら素晴らしい表紙でつい口角が上がってしまう。青也はすぐさま手に取った漫画で口元を隠して周りをキョロキョロと確認した。よかった、誰にも見られてない。
やっと普通の顔に戻った青也はすぐには会計には行かず、せっかくBLを買いに来たんだからと奥のBLコーナーに進んでいく。掘り出し物があるかもしれない。
本来なら冒険はせず、決めた本しか買わないようにしているのだが、今日は気分がよく、たとえ失敗してもいいかなという気持ちになっていた。
計5冊となった漫画を眺めながら、丁寧に両手で持ってレジへと向かう。そこの角を曲がればレジだ。
ちょうど角に差し掛かったその時、角の向こうからやってきた背の高い男とぶつかり青也は尻もちをついた。その衝撃で持っていた本も散らばってしまった。
「いてててて...」
「わっ、ごめん大丈夫だった?...ってあれ?確か松田 くん...だったよね?」
自分のことを知っていることに驚いた青也は慌てて顔をあげる。知らない顔がそこにはあった。向こうは知っててこっちは知らないという状況に少し混乱する。
青也の不思議そうな顔に、男は何かわかったような声をあげた。
「あっ、ごめん。俺の名前はカケル。羊へんに羽で翔だよ。君、図書室でよく本借りてくから名前覚えちゃった。俺、図書委員なの。」
そう自身を指差しニコリと笑う。そして手を差し出した。
青也はその手を掴み立ち上がり、落ちた本を急いで拾う。腐男子である事は誰にも言ってないしバレたくない。だがこの至近距離で誤魔化せる訳もなくて。
「なあ、それってビーエル?ってやつだろ?面白いの?」
カケルの問いに青也は目の高さまである髪の間から恐怖心のこもった視線を送る。カケルの表情から冷やかしなどでは無さそうだった。視線に気づいたのかカケルは笑う。
「そんな怖い顔しないでよ。ホントに興味があんの!今日出会ったのも何かの縁、運命さえ感じるでしょ?」
「運命...?」
「そ!だからさ、俺にもBLの良さを教えてくれよ!」
青也は考える、今ならまだ『姉に頼まれたから買っただけ』で通用する。しかしうまくいけば腐男子仲間ができるかもしれない。既に仲良くなっている人よりあまり仲良くない人の方が、今までの付き合いが無い分伝えやすいかもしれない。
「...わかった。」
「やった!これからよろしくな!腐男子センセ!」
「先生はなんか、やだ。普通に松田でいいよ。」
「えー、何かを教えてくれる人を先生って呼ぶのは普通だろ?敬意を込めてそう呼びたいんだよ!いいだろ?」
「うーん、じゃあ、腐男子先生じゃなくて、松田先生とか先生だけとかの方がいい。」
「わかった!それで決定な!」
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これが翔との出会いだった。この時の俺はただただ舞い上がっていて、翔の行動に違和感を感じとれなかった。今思うとおかしなところがいくつかあったんだ。
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「おはよー」
あれから1ヶ月くらい経ったいつも通りの朝、青也は静かな教室に入った。いや、青也が入った途端に静かになったと表現した方が正しい。クラス中の視線が青也に向けられる。決して心地よく無い空気の中青也は自席に着いた。途端にいつも通りの空気になり、話し声や笑い声がちらほらと聞こえるようになった。訳がわからなかった。
「おはよ。調子どう?」
隣の席の赤木 君が話しかけてくれた。彼とは特別仲が良いわけではないが、話しやすくて移動教室などは一緒に行動している。
「おはよ。うん、いつも通りかな。それより...」
「さっきのだろ?...まあ、あんまり気にしない方がいいぜ。多分松田に非はないから。...だけど気をつけた方がいいぞ、誰かが松田のこと嵌めようとしてるかもしれん。」
「えっ!僕誰かに恨まれるようなことした覚えないんだけど...というか、非がないとか嵌めようとしてるとか、何があったの?」
「それは...」
春人はばつが悪そうに周囲を見回す。
「放課後に教えてやるよ、ここじゃまずいかもだし。」
「わ、わかった。」
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春人 の所属する手芸部の部室にやってきた2人はテーブルを挟んで向かい合わせで座った。可愛らしい雰囲気の衣装がそこら中に飾られていた。青也が見入っていると春人が自慢げな顔をした。
「凄いだろ。」
「うん。」
「今は綺麗だけど、夏とか演劇部に衣装提供してっからマジで殺伐としててヤベェんだよ。今年まではウチにとんでもねえスピードで作業する詮索好きな先輩がいるからなんとかなってっけど来年はどうなるかわかんねぇ。」
「な、なるほど。」
「おっと脱線したな。本題なんだけど、松田の、こう...変な噂が流れてんだよね。」
「ウワサ?」
「先に言っとくけど、噂の内容が嘘でも本当でも俺は松田のこと否定しないし今まで通りに接するから安心しろよ。」
「う、うん。そう言われると逆に不安になってきたんだけど...」
「マジか、わりぃ。安心させるつもりだったんだけどなぁ。」
そう頭をかく春人に青也は人の良さを感じた。
「いや、ありがとう。だいぶ安心したよ。...そろそろ、聞かせて?」
「...ああ。実はな、今学校中で松田が...その、ゲイだって噂が流れてんだ。」
「えっ。」
「その...聞いてもいいか?真偽を。」
「俺はゲイじゃないよ。」
「...そうか。じゃあ誰かが嘘言ってまわってるってことだよな。心当たりはある?」
「いや、さっぱり。」
「うーん、だったら正面から否定してみれば?ゲイじゃないってさ。」
「でもそれ、否定すればするほど本当っぽくならない?」
「た、確かに...!」
2人は黙り込む。まさに八方塞がりだった。しばらくして春人が何かを思い付いたようだった。
「逆に、協力してくれそうな人いないの?複数には複数で対抗するのがいいかも。」
「それなら、翔は?」
「え、誰...」
「僕の腐男子仲間?みたいな生徒?そんな感じ。」
「ん?腐男子なの?」
「あっ。」
青也は口に手を当てる。思わず流れで言ってしまった。
「いや別に人の趣味をとやかく言う気は無いよ。そんなことより、腐男子ってこと知ってんのってそいつだけ?」
「うん。あとは今ので赤木君も。」
「ふーん。春人でいいよ。」
「じゃあ僕のことも青也でいいよ。」
「おう。」
そう言って春人は何かを考え込んでいるようだった。青也は翔に相談するかどうか考えることにした。
いや、翔にも変な噂が流れるかもしれないし辞めとこ。
ん?それなら春人にも変な噂が流れちゃうんじゃ?
「もしかしたら春人にも変な噂がーー」
「1回そのカケルって奴に合わせろ。」
「えっ!?」
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「先輩、どう思いますか?」
青也が帰った後、春人は奥に隠れていた人物に声を掛ける。
「松田君の噂は三年にも回って来てる、しかも凄い勢いで。嘘だったみたいだし、誰が何のためにってのが気になるよね。天川 翔 君が多分重要人物なのは確かだと思う。私の方でも噂の出どころ探ってみるね。天川君の方は報告待ってるから。」
「ありがとうございます。...先輩が詮索好きで良かったって初めて思いました。」
「私は探偵に憧れてるだけなの!」
その女、原田綾 は頬を膨らませた。
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