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第14話『波乱の遺言書【後編】』

 「秀和(ひでかず)...不安にさせること言って悪かった。」 優大(ゆうだい)はバツが悪そうに言った。秀和は少し拗ねたような顔をした。 「いいですよ別に、ホントのこと言っただけなんでしょ?こっちこそヒスって悪かったし。」 「うんうん!これで仲直りだね!」 隆則(たかのり)は嬉しそうに言った。優大はチラッと腕時計を見た後、口を開く。 「...すぐにでも着替えた方がいいな、ほら行くぞ。」  「「おお~っ!」」 2人は感嘆の声を上げた。別荘とは思えない、白を基調とした広い玄関とそこから伸びる長い廊下、その突き当たりは窓になっていてそこから緑が見える。2人の声が聞こえたのか、奥から寛がやってきた。どうやらスーツの用意ができたみたいだった。  (ひろ)の案内で奥に進んでいく中、周りを見渡していると、どの部屋も広いのは変わりないのだが、埃対策だろうか、白い布が被せてある家具がちらほらとあった。 「ここって寛さんの他にお手伝いさんはいないんですかー?」 隆則が質問する。秀和は自分も気になるとばかりに頷く。寛は困った顔をした。 「...そうなんですよー。何でもかんでも私がやらなくてはいけなくて。大変な職務ですよホント。」 「なんだって?」 背後から声が飛ぶ。寛の顔が少し引き攣った。恐る恐る、チラッと背後を確認すると、優大は飛びっきりの笑顔だった。それが逆に怖かった。隣で隆則が「コエェェ...」と囁いていた。 「...冗談ですよ。さて、コチラに試着室がありますので、一度着てみてください。なるべく合うであろうサイズを用意しましたが、着てみないとわからないこともありますから。」  試着室というか、役者なんかが使ってる控室の様な場所だった。秀和は渡されたスーツに袖を通す。驚く事に、ものすごくピッタリだった。大きな姿見で確認する、とても高級感があって上品なスーツであった。自分が持っている安物のスーツよりずっと重く、堅苦しさも感じた。  隆則は先に着替え終わったようで、裾の長さがどうとか言っている声が聞こえる。自分もすぐさま試着室を後にした。 「おお~っ!カッケーじゃん!似合ってる!」  寛と同じ種類のスーツを着た隆則が笑顔で褒める。秀和は少し照れ臭さも感じながら素直に受け取った。 「ありがと。お前は...似合わないな笑」 「あっ!それ俺が一番思ってるやつ!言っちゃダメなやつよ!」  隆則や寛のスーツは黒く無地でしっかりしているのだが、最大の特徴としては蝶ネクタイをしているところだ。隆則は蝶ネクタイなんかつけるタイプじゃないのでとても新鮮だった。 「サイズはどうでしたか?」  寛が質問する。 「ああ、凄くピッタリで驚きました、オーダーメイド並みにどこもかしこもピタッって感じ。」  ビクッ  隆則が肩を震わせる。他の3人は隆則を見つめる。 「い、いやあ、急に寒気が...あはははは...」  なんだかよくわからないが、隆則自体少し変わってる方なのでもはや気にする者は無く、隆則の寒気がその空気を震わせた。 「着替えも終わったし、茶でも飲もうか。」  優大が提案し、リビングに向かうことになった。向かってる途中、隆則は質問する。 「ところでなんで寛さんと先輩の2人でこんなだだっ広い別荘に住んでるんすか?まさか2人はーー」 「ーー何を言うかと思えば。俺は好きでここに住んでるんだ、1人でもよかったが寛のやつがどうしてもと言うから連れてきたまで。あそこは居心地が悪い。」 「ヘぇ。」 「興味がなさそうな返事をするな。お前が聞いたんだろ。それに使用人として行くんだから口には気をつけろ。ほら、優大様、秀和様って呼べよ。」 「ちょっとちょっと、使用人をイジメるのはおやめください優大様ァ~!助けてください秀和様!優大様がワタクシをイジメるのぉ~!」  隆則は秀和の腕を掴み背中に回り込んで優大を睨む様な拗ねた様な仕草をした。隆則にやれと言わんばかりのジェスチャーに、しかたなく秀和も乗ることにした。 「お...おにーー」 「ーー優大でいい。いや、お前とかでもいい。無理に弟として振る舞うな。俺たちを憎んでたんだろ?」  秀和は少し考える。確かに憎むべき相手だったかもしれない。でも優大個人で考えればそんなに悪い人でも無い気がする。 「じゃあ、優大で。でも俺が一番許せないのは母さんを捨てた父親だ。それ以外の人なら別に...憎まなくても良いのかなって。」  秀和の予想と反して優大は困った顔をした。隆則は心配そうにこちらを見てくる。 「...そんなに簡単に信念が揺らぐのは危険だぞ。」 「え、それってどう言うーー」 「ーーではこちらにお座りください。」 リビングに着いた。既に用意されているティーセットのところに座る。寛はお湯を再度温めている。秀和はさっきの続きを聞く。 「それで、さっきのってどう言うこと...ですか。」 「...お前の母を裏切った父はどんな人だと思う?」 「それは...金に意地汚くて強気みたいな?」 「さて、どうだろうな。」 どういう意味なのか、どういう意図なのか、秀和にはさっぱりわからなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ーー以上が、遺言でございます。」  スーツを着た男、おそらく弁護士であろう人は淡々と言い放った。遺産自体は実の息子に全て譲るとし、孫たち1人1人には最後のお小遣いを送った。  秀吉は動揺を隠せない。なにしろ、遺言では自分のことに触れすらしなかったのだ。では何故呼ばれたのか。それは、すぐに想像がついた。笑い物にするために連れてきたのだ。おこぼれがもらえると思ってノコノコやってきたであろう俺を嘲笑うために連れてきたのだ。  父親が壇上で何やら喋っている。秀和はもうどうでも良くなっていた。やっぱりこいつら全員嫌な奴らだ。 「ーー私は、秀和を正式に家族に迎え入れようと思っている。」 「「「えっ!?」」」  反応したのは秀和と、厚化粧した女性(父親の妻だろう)と、三男の敦史(あつし)だった。 「秀和だって私の息子だ。親父は頑なに許してくれなかったが、遺言では『秀和を家族に迎えることは認めない』となかった。つまり、お許しになられたと判断した。」 「冗談じゃないわっ!そんなの屁理屈じゃない!会社を継がせるなら敦史がいるじゃない!」  妻が反対した。敦史が秀和をものすごい顔で睨む。香織(かおり)は澄ました顔を、衣織(いおり)は驚きはしつつも反対はしてない様な顔だった。優大は俯いていて表情はわからなかった。 「親父とは約束していたのだ。秀和に手切金を渡すか、家族に迎え入れるか、そのどちらかをすると。そして、もし迎え入れるならせめて自分が死んでからにしろと。またそれまでに金品などを渡せば手切金を渡したとして、秀和を家族として迎え入れることは許さないと。意地悪な親父のことだから、遺言で金を分配して、これを手切金にするとか言いそうではあったが、それはなかった。つまりはそういうことだ。今まで悪かったな、秀和。それに、お前が反論する権利はないだろ美織(みおり)。優大の件忘れてないよな?」  美織は悔しそうに席に着き静かになった。  秀和はさっぱり意味がわからなかったが、優大にもなんだが事情があるようだ。それに、一番憎むべき相手だと思っていた父親が、自分を家族に迎え入れようとしていたことがわかり、先程までの沸々とした想いをどこにぶつければいいのか、やるせない気持ちになった。 「用事は終わった、帰るぞ。」  優大に急かされて秀和も帰ることにした。ここにいてもやることはないし、美織と敦史はずっとこちらを睨んでいる。実は今すぐにでも帰りたかったのだ。ずっと残っているこのモヤモヤ?イライラ?かわからない気持ちを、どうにかして解決したかった。 青也(せいや)なら『こんな時こそBLを!』って言うだろうな、ははは。  車が見えたあたりで、優大はトイレに行くからと言い、秀和は1人で車に近づく。その途中、呼び止められる。長女の香織だった。 「初めまして、秀和さん。私は香織です。」 「ど、どうも。」 なんてタイミングが悪いのだろうか、よりによって優大がいない時に。それとも、優大がいなくなるタイミングを狙っていたのだろうか。 「あんまり警戒なさらないでください、私は秀和さんの味方ですよ、意地悪な優大さんよりは。」 「今日初めて会ったばかりだけど、意地悪って程ではないと思うけどなぁ。」 「そうですか。秀和さんが言うならそうなのでしょう。それにしても良いお召し物ですね、これはどちらで?」 「いや、これは優大に借りただけで...」 「あら、そうでしたの。オーダーメイドにしか見えなかったから勘違いしてしまいました。今日会ったばかりで優大さんのを借りただけならオーダーメイドが作れるはず有りませんもの、採寸も無しに。」  秀和は考える。確かにそうだ、パッと見ただけでこんなピッタリなサイズのスーツを用意するなんて無理だ。でも、オーダーメイドなんて作れるだろうか、サイズなんて知ってるはずーーー 「何をしている。」  トイレから帰ってきた優大に遮られる。 「あら、秀和さんに挨拶するタイミングがなかったもので、ご挨拶をと。お帰りですか、では私はこれで失礼させていただきますね。またお話ししましょう。」 「...はい。」 「何話してた。」 「いや、ただ挨拶と社交辞令を交わしただけ。」 「...そうか。」 「もう色々ありすぎて疲れた。」 「そうだな。行こう。」 2人は車へと向かう。隆則が車から出てきたのが見えた。 「秀和様、お待ちしておりました。」 そう言い隆則は車のドアを開ける。半分はふざけているのだろうが、なかなかさまになっていた。優大は自分で助手席のドアを開け、座った。  車内は静寂なまま発進する。隆則は何があったか聞かなかった。確かに下手に首を突っ込まない方がいいと思うが、秀和にはありがたかった。今は少し、隆則とどう話せばいいかわからなかったから。  色々考えていると、もう寮の前に着いていた。2人が車から出ようとした時、隆則が気づいた様に言った。 「あっ、このスーツいつ返せばいいんすか?」 「返さなくていい、やるよ。スーツなんていくらでもある。着てた服はトランクの中だ。忘れずに持って帰れよ。」 「これはちょっと普段使いはしにくいけどなぁ...」 「もらう立場なら文句言うな。秀和もだ、貰っとけ。」 「...いらない。」 「えっ...せっかくだし貰っとけよこんなにーー」 「ーーいらないって言ってんだろ!すぐ着替えてくるから待ってて。隆則も追って来んなよ。」  そう言って秀和は飛び出す。トランクから着替えを取り急いで部屋に行き、着替える。気持ち悪いほどピッタリなスーツを脱ぎ、朝着ていた服を着る。それだけで多少解放された気分になった。スーツを紙袋に詰め、部屋を出る。目の前には隆則がいた。おそらく出てくるのを待っていたのだろう。 「なあ、ホントに返しちゃうのか?凄く似合ってたじゃん。」  残念そうにスーツの入った紙袋を見つめる隆則にイライラした。 「なあ、隆則...お前、あいつに言われたからこの大学にしたって言ったよな?」  酷く険悪なムードを出した秀和は隆則の肩を強く掴む。 「ヒデ?ちょっ、痛いよどうしたの?」 「言ったよな?」  隆則は訳がわからない様子で、多少抵抗するが秀和はさらに力を込める。隆則は困った様に答える。 「言ったよ。...本当だし。」  秀和は今にも泣き出しそうな顔をした。肩を掴んでいた手の力が抜けていった。 「なら。...なら、俺に話しかけたのもあいつに言われたからなのか?」  隆則はやっと、なんで秀和がこんなに感情的になっているのかがわかったようだった。 「それは...」  隆則は口籠る。 「違う」と言うだけじゃないか、なぜ口籠るんだ。さっきからずっと嫌な考えが浮かぶんだ。考えないようにしてるけど、浮かんできちゃうんだ。「馬鹿なこと言うなよそんなわけないだろ」って笑ってくれよ。嘘だって構わない、俺はーー 「俺は...友達失格だな。」  言葉を失った。それを聞いた秀和は驚いた顔をし、隆則の肩に乗っていた手が重力に任せて落ちていった。そして、すぐに眉間にしわを寄せ、涙が出るのを必死に堪えるような、怒っているような顔をした。 「...そうかよ。」  それだけ言って秀和は力のない歩みで立ち去っていく。  隆則は引き留めようと手を伸ばすが声が出ない。ただただ、隆則は立ち尽くすことしか出来なかった。  スーツを返した秀和は、すっかり暗くなった空の下をブラブラとしていた。寮に帰りたくなかった。感情がぐちゃぐちゃになって訳がわからなくなっていた。憎むべき相手だったはずの父親が家族の反対を押し切って俺を迎え入れようとしたり、友達だと思っていた隆則が優大の用意した偽物で俺のことをコソコソと伝えてたり、もう何を信じればいいのかわからない。  いつのまにか、本屋がある通りまで来てしまったようだ。 「...先輩?」  聞き覚えのある声に、急いで顔を向ける。そこには心配そうな顔をした青也が立っていた。どうしたんですかと近づいてきた青也を抱きしめる。 「ごめん。少しだけこのまま、抱き締めさせて。」  秀和は震える声で言う。青也は少し驚いた様子だったが、静かに背中に手を回し、強く抱き締め返してくれた。  たったそれだけのことで、救われたような気分になった。浄化されたような気分になった。堪えていたものが溢れ出す。  目に映る街の光はぼやけ、空に浮かぶ星のように煌めいていた。

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