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第1話

 ACT 1 「先生は番を持っていないんですよね」  柔らかいクリーム色と明るいグラスグリーンで統一された部屋。外開きの大きめな窓には、ふんわりとレースのカーテンがかかり、射し込む光をまろやかに調節している。その光を左の肩に受けながら、桜庭(さくらば)千晶(ちあき)は静かに頷いた。 「ええ。番は持っていません」 『美しい』という形容詞を形にしたら、きっと千晶の容姿になる。  ほっそりとした華奢な身体つきだが、顔が小さいので、頭身のバランスは整っている。モデルのように……というよりも、千晶の容姿を表すなら、女優のように……という方があてはまりそうだ。それも清純派の、少女から脱したばかりの年代の女優だ。千晶の美しく整った容姿は、男性というよりも女性寄りで、しかも密やかな花のような艶やかさがある。伏せた瞼の完璧なラインとしっとりと影を落とす長い睫毛。ふとこぼれ落ちたどきりとするほどの艶に、彼と向かい合うクライエントは、一瞬言葉を飲み込んでしまった。 「……どうして、番を持たないんですか? せ、先生はオメガなんでしょう?」  クライエントは男性だった。  この社会には、六つの性が存在する。もっとも多いのが、男性ベータと女性ベータだ。この社会は、人類全体のほぼ八割以上を占める彼らで構成され、営まれている。  しかし、この社会を回しているのは、大多数を占めるベータではない。彼らベータの上に立ち、この社会を回しているのは、一握りのアルファだ。男女アルファは稀少種である。全人口の十%未満しか存在しないアルファだが、容姿、能力ともに抜きん出る彼らは、生まれながらにして、社会のトップに立つ宿命を背負っている。  そして、最も数が少なく、また虐げられる立場であるのが、オメガである。  オメガには、他の性と異なる身体構造や特性がある。一番顕著な特性が『ヒート』と呼ばれる発情期だ。思春期から始まるヒート期は、三カ月に一度の割合で訪れる。約一週間続くヒート期のオメガは、凄まじい性衝動に襲われ、正常な日常生活を送ることはほぼ不可能となる。またヒート期のオメガに独特なのが、身体から発する『香り』である。人によって異なる『香り』は、同じオメガやベータには感知されにくいが、アルファには抗いがたいほどの引力を持つフェロモンであるとされ、ヒート期のオメガがアルファに襲われる性被害もめずらしくない。  もう一つ、オメガの体質には特性がある。それが『番』に繋がる。 『番』とは、アルファとオメガの間に成立する独特の関係だ。アルファがオメガのうなじに歯を立て、噛み痕を残すことによって、『番』の関係が成立する。一度『番』になってしまうと、その関係は細胞レベルのものなので、基本的に解消することはできない。『番』が成立し、二人の間に定期的な性関係が持たれるようになると、オメガのヒートは格段に軽くなり、そのヒート期の香りも第三者には感じられない程度になる。しかし『番』の相手との性関係がない場合や、『番』を亡くした場合のオメガは悲惨な状態になる。性関係がない以上、ヒートは軽くならない。しかし『番』の相手以外とはセックスができない。身体が受け入れなくなってしまうのだ。無理やりセックスしても、ヒートは軽くならず、快感も何もない痛みだけのセックスと激しい性衝動は、オメガを苦しめる。

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